ちょっと遅くなったので、18日アップの予定が日付が変わってしまいました。
今、19日の0時16分です(反省)。
そしてまだまだRではありません。
ナミさんが楽しそうです(笑)
『君が好き。』 3
のんびりと大海原を進むメリー号の甲板。
心地よい風とあたたかな日差しに包まれているはずのそこで、なぜかまるで雷雲でも背負ったかのような形相で麦わらの船長と元海賊狩りが睨みあっている。
そこだけ亜空間でも発生させてしまいそうな緊迫した空気に、なんとか場を収めようとなけなしの勇気を振り絞ってルフィにすがっていたウソップの気力も尽き果てたらしい。
ずるずると甲板に沈み込んだまま死んだふりを始めたウソップにはまるで構わず、ゾロはゆっくりと口を開いた。
「・・・・・もう一度聞く。ダメだってぇなら理由を言え。」
「ダメだったらダメだ!!」
「理由はなんだ!」
今にも腰の刀に手を掛けそうなゾロの気配に、なんとかウソップを救出しようと恐る恐るその場へと近づいていたチョッパーが毛を逆立てて逃げ出す。
それでもなんとかウソップを引きずっていくことには成功したらしい。
甲板を引きずられて擦り傷だらけになりながら、それでも暗雲立ち込める嵐のど真ん中から生還を果たした心境のウソップは小さな船医に礼を言いつつ安堵の涙を流している。
そんなウソップになど欠片も注意を払わないまま、ルフィはゾロに向かって宣言する。
「ダメに決まってんだろっ!サンジは俺のコックだぞ!!俺のメシを作ってくれるんだ!ゾロにはやれねぇっ!!」
しかし、胸を張ってそう言い切ったルフィに、緊迫していた空気が一気に霧散した。
甲板に立てられたパラソルの下で成り行きを見守っていたナミとロビンも、「ああそういうこと」と呆れたようにため息をつく。
それが聞こえたわけでもないだろうが、ゾロも一瞬じっとルフィの目を見てから肩の力を抜くように一つ息を付いた。
「コックとしてのアイツをやれねぇってことか。」
「おう、そうだ!サンジは俺が見つけたんだ。俺たちのコックだ!!」
ふんっと鼻息を荒くして言い切る船長に、ゾロが真剣な顔でうなずいた。
「それは俺も感謝してる。」
「・・・・・ん?」
首をかしげて問い返すルフィに、ゾロは真剣な眼差しのまま続けた。
「お前がアイツをこの船に連れてきてくれたおかげで、俺はアイツを知ることが出来たんだ。感謝してる。」
「おう。」
「アイツがこの船の全員にとって大切なコックだってのは、俺だって百も承知だ。その上で言ってんだ。あいつを貰いてぇ。」
「ん~~?」
ゾロの言葉にルフィが首をかしげて考え込む。
「俺はコックが欲しいんじゃねえ。アイツが欲しいんだ。」
「ん~~~?」
きっぱりと潔く言い切るゾロだが、どうやらルフィには通じていないらしい。
かしげる首が床に着くほど伸び始めて、今にもぐるりと円を描きそうだ。
「はいはいはい。ちょっといいかしらね。」
パンパンっと軽い音を立てて手を叩きながら、ナミが二人に近寄ってきた。
甲板に座り込んでルフィ相手に談判中のゾロを見下ろすように立ったまま、ナミは呆れたような表情を隠しもしない。
「ゾロ、あんた分かっててやってんのね。」
「何がだ。」
「ルフィには理解できないだろうってことをよ。」
「そんなことはねぇ。」
「あんたがあんたなりに無い頭絞ったのは分かったわ。」
『ふんっ』と鼻で笑うように言われて、ゾロが眉間にしわを寄せる。
そんな凶悪にも見える顔に今更ひるむわけも無いナミは、履いていた踵の高いサンダルをぽいぽいっと子供のように脱ぎ捨てると、ゾロとルフィの脇へぺたりと座り込んだ。
小さな子供のようなそんな仕草に、パラソルの下のチェアに座ったままのロビンが「あらあら」と笑う。
「ま、ルフィはともかくとしても、勝手にサンジくんを自分一人のモノにしようって言うのは、ちょっとずうずうしいんじゃないの?」
「・・・・・・どういう意味だ。」
「だって、ルフィだけじゃなくて他のみんなだってサンジくんが大好きなのよ?もしもサンジくんが自分のモノになったら・・・なんて妄想を嬉しそうに考えちゃうのがあんただけだと思ってんの?バカね。」
「んだとっ?!てめえ、まさかっ・・・!」
ナミのからかいにまんまと乗せられたゾロが、一度は落ち着かせたはずの怒りを再び燃え上がらせそうになる。
そんな常の彼らしくない様子を見て、ナミはにんまりと楽しげに笑う。
「ほんとバカね。あたしは対象外よ。・・・・・・・・・・・でもね。」
くるっと首をめぐらせて、ナミはいつの間にかロビンの背後に頭半分だけ隠れて様子を伺っていた船医を呼ぶ。
「チョッパー、あんただってサンジくん好きよね。」
「えっ、おれ?!」
『おいでおいで』と手招かれて、チョッパーはおずおずと歩いてくる。
近くまでやってきたチョッパーの帽子をぽんぽんと叩いて、ナミはにこりと笑いかけた。
「前に言ってたじゃない。サンジくんと一緒にいると、なんか暖かくて嬉しいって。」
「う、うん。サンジといるの、おれ好きだ。」
「なんか優しくて暖かくて・・・・・なんだっけ?」
「おうっ。サンジって、傍にいるとすごくあったかくていい匂いなんだ!サンジと一緒にいるとおれ、すっごく嬉しい!」
「ね、チョッパー。もしサンジくんがチョッパーのモノになったら、ずーーーっとあったかくていい匂いですっごく嬉しいのよ?」
「ええっ、そうかっ?そうなのか?!」
「そうよ。ねえ、それってすごいと思わない?」
「うん、すげぇ・・・・・・・・・。」
そそのかされているとも気づかずに、純真なトナカイは真剣に目をキラキラさせて何かを考え始めている。
その様子を黙ってみているゾロの眉間のしわは、ますます深くなっていた。ナミはもちろん気が付いていて無視だ。
そして、なんだかやけに楽しそうな様子のナミは、その笑顔を今度はパラソルの下の仲間へと向けた。
4 へ続く
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『君が好き。』 2
「サンジのことか?」
「ああ。」
「貰いたいって?」
「そうだ。」
淡々となんの迷いも見せずに答えるゾロに、ルフィはふーん、と気の無いような声を漏らすと、何を思ったのか甲板の真ん中に「とすんっ」と腰を下ろした。
そして、少し離れた位置に座っていたゾロを手のひらを下に向けるようにして傍らへ来いと手招く。
犬や猫でも呼びよせるようなそんな仕草にも、ゾロは逆らわずに船室の傍から腰を上げて示されるままにルフィの正面に座りなおした。
真正面に座って顔を突き合わせながら、ルフィが口を開いた。
「貰いたいって、俺がうんって言えばオッケーなのか、それ。」
「そうだな。OKかも知れねぇし、そうじゃねえかも知れねぇ。」
「なんだ。わかんないのか。」
「ああ。最終的にはアイツの気持ち次第だろうからな。」
「じゃ、なんで俺に言ったんだ?」
首をかしげるルフィに、ゾロはきっぱりと答えた。
「アイツが、仁義を通せと言いやがったからだ。」
「仁義?」
「ああ。アイツが、『俺に話があるなら、俺たちのキャプテンであるルフィを通せ』って言いやがるから。」
「話なんか勝手にしていいぞ?」
「あー、まあ、話だけじゃなくてだな。」
「いやいやいやいや、待ておまえらっ!」
ゾロが言葉を選びながらもなにやら続けそうになったとたん、果敢にもウソップが二人の会話に割って入った。
腰を抜かしたように座り込んでいた体制のまま、ずりずりと甲板を進んでいくらか二人の近くまで来ると、ウソップは冷や汗を垂らしながらもルフィとゾロの会話を止めようと試みる。
「いったい何の話してんだっ、おまえらっ。」
「あ?だからゾロがサンジを貰いたいって言うからよ。」
「貰いたいって?!貰うってなんだよ、アイツはモノじゃねえぞ!」
「ウソップ、おまえ何言ってんだ、サンジはモノじゃねえ。コックだ。」
噛み合わない会話のまま、なぜかどーんと胸を張って言い切ったルフィは、突然「はっ!」と何かに気が付いたかのように真剣な顔になってゾロを振り返った。
「ダメだ!!」
「なに?」
「ダメだっ!サンジはやれねぇ!!」
「お、おい、るふぃーーーーっ?!」
突然ゾロの発言を全否定して怒鳴ったルフィに、ウソップがひっくり返りそうになりながらも、なんとか勇気を振り絞って立ち上がりかけるルフィの肩を掴んでその場に座らせる。
だが、背中のほうからものすごい殺気が押し寄せてきて、ウソップはその場で気を失いそうになってしまった。
いや、なんでこういう肝心なところで気絶できねぇのかな俺。
ウソップが心底そんなことを思いながら、そーーーーっとその危険な気配の源を振り返れば。
どこの誰を相手に戦おうというのか。
闘志丸出しのゾロが、無表情のままこちらを見ている。
こちらと言っても正しくはルフィをだ。もしもこの視線が自分自身に向けられたものだったら、自分は間違いなく仮死状態くらいには速攻でなれる、とウソップは恐怖でぐるぐるする頭の中で思った。
そんな哀れなウソップを間に挟んで、ゾロがゆっくりと口を開いた。
「・・・・・どうしてだ。」
「やれねえったら、やれねぇ!!」
「理由を言え。」
「ダメだったらダメだ!!」
「・・・・・・てめぇ。」
駄々をこねる子供のようにダメだと繰り返す船長に、ゾロが額に血管を浮かせる。
半分気絶したようなウソップをしがみ付かせたまま、ルフィは「ふんっ」とそんなゾロを見返している。
晴れ渡った青空の下、緩やかな風と波に揺られてグランドラインを進んでいくメリー号の甲板は、かなり局地的に不穏な空気に包まれ始めていた。
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しかも連載形式です。
短文で、毎日更新を目指してみたいなあ・・・・・どうかな(笑)
今までの海賊SSとは別物として楽しんでいただけたらと思います。
軽めのノリですが、微妙にRかも。
ほら、夏だからね!(意味不明)
それでも大丈夫という方は、どうぞ続きを読んでみてくださいませ♪
『君が好き。』 1
自分なりに色々と考えた結果なのだと言ったら、今まで見たことも無いくらいの勢いで激怒されてしまった。
いや、もともと怒りっぽいヤツだなとは思っていたのだ。
けれど今回の怒りようは今までとは比べ物にならないくらいすさまじくて、さすがのゾロも一瞬「早まったか」と後悔しかけたくらいだった。
しかし、相手がどう反応しようと自分の発言は自分にとっては睡眠時間も惜しむくらい考えに考え抜いた結果のものだったので、やはり後悔はしないことにしたのだ。
そもそも「早まったか」と思ったのだって、口にしたのが早すぎたか、という後悔であって、コレを相手に選んでしまったことに対する後悔ではまったく無かったのだから。
そこまで自分の頭の中で思考をめぐらせてから、ゾロは改めて目の前で騒いでいる相手を見た。
ゾロがじっと考えをまとめながら黙っている間にも、ソレはぎゃんぎゃんとわめき続けている。
ぎゃんぎゃんというよりも、キャンキャン?
いや、それでは子犬のようだ。
どちらかといえば犬というよりは・・・・・アヒル?
アヒルってどう鳴くんだったか。
怒り狂う自分を見ながらそんなくだらないことをゾロが考えていると知ったら、目の前のソレはきっと一段と怒りを深くするのだろうけれども。
子犬だとしても、子アヒル(?)だとしても、これが『かわいい』ということに変わりは無い。
ゾロはそんなことを心の中で思いながら、目の前で騒ぐサンジを見つめ続けていた。
ことの発端はこうだ。
昼ごはんを終えておやつを待ちながら甲板で楽しく騒ぐ麦わらの船長たち年少組を、少し離れた場所で船室の外壁にもたれるように座り込んで眺めていたゾロが唐突に口を開いた。
「おい、ルフィ。」
大声を上げたわけではないが、年少組の騒ぐ中でもゾロの声は不思議と良く通った。
なので、呼ばれた船長もすぐに返事を返す。
「おう、なんだ?ゾロ。」
いつもどおりの屈託の無い笑顔で振り返ったルフィに、ゾロはちょっと考えるように間をおいてから続けた。
「お前はこの船の船長だよな。」
「おう!俺はメリーの船長だ!」
突然何を、と周りにいたクルーたちはそれぞれの居た場所から二人のやり取りに注目している。
「俺たちは皆、この船の、お前のメリー号のクルーだよな。」
「おう!俺の大事な仲間だ!!」
船長がますます張り切って答える。
そのルフィの返答に納得したように一つうなずいて、ゾロはそれまでもたれていた壁から背中を浮かせて姿勢を正すと、まっすぐに船長へと視線を向けた。
「だとすると、俺はお前に断っておかなきゃならないことがある。」
「んー?なんだ?」
深刻なわけではないが真剣な気配を滲ませたゾロの声に、甲板に集まって思い思いに午後のひと時を過ごしていたクルー全員がちょっと驚いたように押し黙ってゾロの次の言葉を待っていた。
「船長。」
「おう。」
その注目に気が付いているのか、ゾロは続きを促す船長の声に一つ息を付いてから、それでもさらりと言ってのけたのだった。
「コックを貰いてえ。」
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『 Almond. 』
「おい。」
そっけないほどの口調で声をかけられる。
誰を呼んだのか固体識別が出来るだけのなんの情報も含まないその呼びかけが、それでも自分に向けられたものだとサンジが分かってしまうのは、距離が近かったというだけのことだ。
そのときサンジは穏やかな日差しの降り注ぐ甲板の片隅に座り込んで、オヤツに使うためにナッツの殻を剥いているところだった。
傍らにはチョッパーが同じように床に座り込んで、時折じっとサンジの手元を見つめながら自分も同じように手を動かそうと必死になっている。
ときおりこんな風にしてチョッパーはサンジのすることを手伝いたがる。
それは豆の選別だとか野菜の皮むきだとかというような簡単な作業なのだけれども、蹄のついた小さな手先を器用に動かしてもろもろの手伝いをしながら他愛無い会話をサンジとするのが好きなのだそうだ。
今日も、昼食の片づけを終えたサンジが倉庫からオヤツに使う分量の殻つきのドライナッツを入れたボールを抱えて甲板に出てくると、その姿に気が付いたチョッパーはそれまで遊んでいたルフィたちのそばから離れてサンジへと寄ってきた。
「なにするんだ?」
「んー?オヤツにアーモンドのパイを焼こうと思ってな。」
前に立ち寄った島で、殻つきのままのアーモンドを安く纏め買いしてあったのだと話すと、チョッパーはちょっとそわそわした様子でサンジを見上げてくる。
「お手伝い」がしたいのだ。
それに気が付いてサンジが笑う。
「やってみるか?」
「おれにできるかな。」
「チョッパーは器用だからな。簡単だよ、こんなの。」
サンジの言葉に嬉しそうな顔になっていそいそと傍らに座り込んだチョッパーに、膝の上に抱え込んだボールの中からアーモンドを渡してやる。
「ひびが入った辺りから、ちょっと力を入れて割ればいいんだ。中のナッツは堅いから多少力入れたって大丈夫。」
サンジの説明に神妙な顔でうなずいて、チョッパーが殻つきアーモンドと格闘し始める。
力の要る作業でもないし繊細な手仕事というわけでもないが、丸みを帯びた殻はチョッパーの蹄では持ちづらいのか、ちょっと苦戦している。
真剣なその様子にサンジは笑みを浮かべて、自分も残りの作業を再開させていたのだが。
そこで呼ばれたわけである。
愛想の欠片もないような平坦なその声の主なんて、振り返らなくたって分かる。
なのでわざわざ振り向いてやることもせずに、サンジは気配だけで続きを促してやった。
二人が座っている辺りから少し離れたサンジの後方に立って、ゾロは二人の手仕事を眺めているようだ。
呼びかけの続きを無言で促すサンジの様子に気が付いたのか、ゾロが二人のほうへと近づいてきた。
ゾロはサンジの肩越しにその手元を覗き込むように身をかがめてきて、作業を続ける二人の手元に当たっていた日差しが少し遮られる。
「なんだ、それ。」
もちろん「それ」の先にあるのはサンジの膝の上のアーモンドだ。
見たこと無いわけがない、と思いながらもサンジが教えてやると、ゾロが「へぇ」とちょっと驚いたような感心したような声を上げた。
「殻付いてるとそんななんだな。」
「おう。なんだ、殻つきのアーモンドは始めて見るか?」
「ああ。酒場なんかで出てくるのはそんなじゃなくて・・・、たいていなんか塩とかで味付いてんだろ。」
「ツマミならそうだろうな。お菓子なんかだとチョコとか砂糖衣でコーティングされてたりしてレディたちが喜ぶんだよなあ。」
どこの誰とも知れないレディを思い浮かべて、サンジがへらっと相好を崩す。それはもうサンジのクセのようなものだ。
そんなサンジの様子を見たところでいまさらたいした反応も見せずに、ゾロはサンジが手にしているナッツが気になるらしい。
器用なコックの指先がカシンと音を立てて乾いた土のような色の堅そうな殻を剥くと、中からは見慣れた茶色い薄皮に包まれた状態のアーモンドが出てくる。
じっとそれを見ているゾロに気が付いて、サンジが首を回すようにして背後のゾロを見上げた。
「食ってみる?」
「食えるのか。」
「乾燥させてあるからな。ただ、素のままで塩味とかは付いてないぞ。」
サンジがアーモンドを一つ指先につまんで肩越しに差し出してやると、ゾロは上半身を折るようにして顔を近づけてきた。
ぱくり、とサンジの指からナッツを口中へと受け取る。
「どうだ?」
「ん・・・・・塩味とか付いてたほうが食いやすい気がするな。」
「だから言ったろ。」
「でもまあ、まずくはねぇ。」
「アーモンド本来の味だからな。栄養もある。でもあんまり素のまま食うもんじゃねぇよ。」
上体を起こして、カリカリとアーモンドを噛み砕くゾロに、サンジが呆れたように笑う。
その顔を見ながらあっという間にアーモンドを飲み下して、ゾロはもう一度「それ」とサンジの膝の上のボールを示す。
「あ?」
「何作るんだ。」
「ああ。オヤツにパイを焼こうと思って。」
パイとサンジが言うとゾロがちょっと顔をしかめた。
そういえば最近作ったパイ菓子といえば、たくさんのフルーツにカスタードクリームやチョコソースを合わせたようなしっかりと甘いものが多かったとサンジは思い出す。
ゾロは甘いものも食べるけれど、クリームとか甘いソースのようないつまでも口の中に甘いものを食べた余韻の残るような菓子は得意ではないのだ。
パイといえばそういう甘いものだと思い込んでいるようなその様子がおかしくて、サンジは破顔する。
「大丈夫。お前のはチーズとか使って甘くないのにしてやるよ。」
「・・・・・・・・・・・・できんのか。」
「お。なにお前、俺が作るって言ってんのに疑うのか。」
「そうじゃねえよ。でも、菓子なんだろ?」
ストレートなゾロの疑問にサンジは「バカだなあ」とさらに笑う。
「菓子ったって甘いばっかりじゃねえだろうが。煎餅だって菓子だぞ。」
「・・・・・そういやそうだな。」
そんな話をしながらもサンジの指先は動き続けている。
アーモンドの殻剥きもそろそろ終了だ。
最後の一つを剥き終わってカランとボールに落とすと、サンジは傍らに広げて殻を乗せていた新聞紙をまとめ始める。
それを手伝いながら、チョッパーがサンジを見上げた。
「なあ、サンジ。」
「ん?」
「俺も一個食べてみていい?」
ゾロが素のままアーモンドを食べたのがうらやましかったらしい。
殻剥きを手伝いながらもツマミ食いくらいするチャンスはいくらでもあったはずなのに、そうせずに手伝い終わってからきちんと許可を取ってくるところが本当に素直ないい子(?)だと、サンジは感動する。
「おう。チョッパーなら木の実のままの味も分かるかもしれないな。」
そう答えてやってサンジはボールの中からアーモンドを一つつまみ出すとチョッパーの口へとひょいっと放り込んでやった。
しばらくもぐもぐと咀嚼していたチョッパーは、ふいに「エッエッ」と笑い出した。
「ん?」
「なんか懐かしい味だ。」
「そうか?」
「うん。森ん中で食べてた木の実とかと同じ味がする。でもあれはこんなに香ばしくなかったし、カリカリしてなくて食べにくかったかなあ。」
森の中、というのはトナカイとして森で生活していたころのことだろう、そう察してゾロは思わず眉を寄せる。
チョッパーと麦わらの一味が出会うことになった雪深いあの国で、ゾロはルフィやサンジとは別行動を取っていたから、チョッパーのここまでの越し方などをあまり詳しくはしらない。
本人が時折こうして何かの折に話すのを聞く程度だ。
だがいい思い出ばかりの地ではなかったのだということも少しは分かっている。
もしも素のまま齧ったあの小さな木の実がその記憶を呼び覚ますようなものであったなら、そんな想いが一瞬頭をよぎったのだ。
「ああ。そりゃ、まったくの生の木の実ならそうだろうよ。」
サンジがさらりと言葉を続ける。
「木の実はうまく食ってもらうために存在してるわけじゃないからな。本来は『種』なんだから。」
「そっか。そうだな。」
「でも、俺の手にかかれば、うまくて食べやすいおやつに大変身だ。」
にっかりとチョッパーに笑いかけて、サンジはチョッパーの帽子をぽんぽんと撫でるように優しく叩いた。
「お手伝いサンキュー。特別にチョッパーには甘いパイと大剣豪用のチーズ味と、両方用意してやるからな。」
楽しみにしてろ、と笑う。
「本当か?!ありがとう、サンジ!」
「おう。あとはいいから、みんなで遊んでていいぞ。」
「うん、ありがとうサンジ!俺、楽しみにしてる!」
チョッパーがルフィたちの声のする逆サイドの甲板へと駆けていく。
それを見送ってサンジはシャツのポケットから煙草を取りだして一本咥えた。
火をつけようと片手でライターをいじりながら、もう片手でアーモンドの入ったボールを抱えて甲板から立ち上がろうとする。
少し不安定なその姿勢に何を思ったのか、ゾロが手を伸ばしてサンジの手からボールを取り上げた。
「あ、サンキュ。」
自由になった両手で煙草に火をつけて、サンジはのんびりとした風情で煙草を吸った。
その様子を見ながら、傍らでゾロがちょっと笑みを浮かべた。
苦笑したようにも見えるその珍しい笑い方に、サンジが驚いたように目を見張る。
「なんだよ、どうした?」
「いや・・・・・・・・。」
「・・・・・んだよ。」
苦笑したまま答えようとしないゾロに、サンジは不満そうとも不審そうとも取れる表情になる。
まるで拗ねたようなその顔を見ながら、ゾロはいろいろ浮かんだ言葉の中から最初に浮かんだ言葉を口にした。
「お前は、甘やかすのがうまいな。」
「は?」
「チョッパーに、素のままの木の実なんか食わしちまって悪かった。」
ゾロが食べてみたいなどと言い出さなければ、チョッパーだって食材の味見など言い出さなかっただろう、と思ったのだ。
ルフィはともかくとして、チョッパーや他の仲間たちはサンジの手にした食材がこれから極上の料理へと変化することを楽しみにしているから滅多にツマミ食いなどしたがらない。
さっきチョッパーが森で食べていた木の実の話をしたとき、サンジが一瞬眉を寄せたのが傍らにいたゾロには分かった。
食べるものを扱うことに自身のほとんど全てをかけているといっていいこの料理人が、食材の持つ味や匂いが食べる側にとって密接に記憶に結びついていることをどれだけ重要に考えているかゾロは知っている。
味だけでなく、「食べる」という行為そのものがどんなに日々を生きていくうえで大切なことであるのかということも。
朝昼晩と、皆で食卓を囲む。
そんな当たり前の日常の一動作にしか過ぎない食事のシーンを、このコックがどれだけ大切に作り出しているのか、ゾロは近頃になってようやく分かることが出来たのだ。
だから、そんなサンジにとっては、自分の手元にあった食材でチョッパーが辛い記憶を呼び覚ましてしまうようなことは絶対に避けたかったはずだと、ゾロは苦いものを噛んでしまったかのような思いを感じていたのだけれど。
そんなゾロの顔を見ていたサンジは何を思ったのか、不意に片手をあげるとゾロのほうへと差し伸べた。
ぽんぽんと、手のひらでゾロの緑の髪を叩く。
先ほどチョッパーにしてやっていたようなその仕草をまさか自分に向けられるとは思っていなかったゾロが、ぽかんと口を開けたまま固まる。
唖然としたそのゾロの顔を見て、サンジが「あはは」と声を出して笑った。
「バカだね、お前。」
ふうっと煙を吐き出して、サンジは笑った。
「あいつは大丈夫。そんなやわじゃねぇだろ。」
『俺たちの仲間だぜ?』と言葉を続けてから、サンジはもう一度ゾロの頭をぽんっと叩いてから手を離した。
「さ、おやつ作るかあ。楽しみにしてるって言われちゃったしなあ。」
そのままゾロの脇を通り過ぎてラウンジへと足を向ける。
少し歩いた先で肩越しに振り返ると、サンジは煙草を咥えたままの口元を笑いの形に作ってゾロを見た。
「お前もさ、お手伝いしてくれちゃったりしたら、もっと甘やかしてやんよ?」
悪戯をたくらむ子供のような顔で笑って、サンジは促すように手をひらりと振ってラウンジへと入っていった。
しばらくその後姿を見送って立ち尽くしていたゾロは、サンジの姿が扉のうちへと消えたのを見て、ようやく自分がからかわれたのだと悟って「ふん」と息を付いた。
「・・・・・・・・・・甘やかしてもらおうじゃねぇか。」
上等だ、と小さく口の中で付け加えて、ゾロは抱えたままだったアーモンドのボールを持ってラウンジへと歩き出した。
甘やかしてもらうためにはまずは「お手伝い」をしなくてはならないのだ。
ゾロが何を手伝ったのかは誰も知らないが、その日のおやつ2種は今までのサンジの作ってくれていたおやつと比べて、格段に甘くて格段に香ばしかったとか。
END
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殻つきのアーモンドを見つけて、ついはしゃいでしまったのは私自身です(笑)
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「心のカタチ」 後編
「ねえ、じゃあ、嫌いなところとかってないの? 」
ナミはふと思いつくままに浮かんだ疑問をサンジに向けてみた。
サンジはちょっと驚いたように、くるりと目を見開く。
だからいちいち可愛いのがちょっとむかつくわね・・・と思いながらナミはじっとサンジを見つめ返した。
あんまり幸せそうにあいつのことを語るサンジに対して、ほんのちょっとのイジワルのつもりだった。
「嫌いなところ?」
「そう。こういうところがやだなとか、こんなところはムカツク・・・とか?」
どんなに好きだといったところで所詮は他人同士なのだし、「完璧な理想の相手」なんてあるわけないのだろうし。
ましてやサンジとゾロだ。
会話よりも喧嘩してる時間のほうが長いくらいの関係なのだから、きっと相手を好きだと思うのと同じくらい不満に思ったりすることだってあるんじゃないのかしら。
ナミとしてはそんなところも聞いてみたくて口にした質問だったのだが。
しかし、サンジの答えはナミの想像なんてはるかに超えたものだった。
ちょっと間をおいた後、サンジは口を開いた。
開いたかと思うと、その口から流れてきたのはものすごい言葉の嵐だった。
それもナミの思い浮かべていた以上の量の・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゾロへの悪口雑言。
「だいたいさ、なんだってあいつはあんなにいちいち何もかも自分中心なんだろうってほんとムカつくんだけどね!」
から始まったサンジの『ゾロ観』は本当に留まることの無い勢いでつづけられた。
いつ見たって鍛錬してるか寝腐ってるかだし、メシだってさ、おれがこの船に乗り込んでから一日二日しか経ってないわけじゃないんだから朝は何時くらいには朝飯って呼ばれるとか、そろそろ昼飯だとかもう夕飯なんじゃないかとか分かってたっていいはずなのに、あのヤロウは時間通りに自分からラウンジに来るなんて絶対無くて、来るとしたら俺とか他の誰かが叩き起こしてやったかテメェが腹減ったとか喉乾いたとか思ったときでしかないし、マイペースとか言えば聞こえがいいけど、単に集団生活に合わせられないだけなんじゃねぇのかよそれって思うんだよ。
あいつだってルフィにどんな誘われ方したんだか知らねぇけど、でも最終的にはテメェで決めて一緒に行くって決めたわけだろうに。
なのにいつまでたっても、たった一人で生活してるみたいな顔してやがって。
テメェの野望とやらのためにだけ毎日の時間を使ってればいいみたいな態度のときが多くて、本当にそこはいつかきっちりと言ってやりたいっていうか、いや言ってやるべきだろとか本気で思ってんだ、俺は!
「てめぇは仲間をなんだと思ってるんだって。仲間と共に行くっていうことを決めた自分自身の決断をちゃんと分かってるのかよって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一息に言い募って、サンジはふう、と肩で息を付くようにすると、いつの間にかテーブル越しにナミのほうに乗り出していた身体を椅子の背に預けるように脱力して見せた。
思ってもみなかったサンジの新たな『告白』に、ナミはそれこそ驚いて言葉も見つけられずにぽかんとした顔でサンジを見ているしかできなかった。
さっきまではあんなにも「大好きだ」と連呼していたその口から同じ人物について語っていたとは到底思えないほどの不満の数々。
まあナミだって「不満のひとつくらいあるでしょ?」とか言う程度に想像して向けてみた話題だったのだが、まさかここまでとは。
だってもしかしたら。
「・・・・・・・・・・・嫌いなとこなんてひとつも無い、とか言うんじゃないかと思ってたわ・・・。」
さっきまでの嬉しそうで楽しそうなサンジの様子を見ていたらそのくらいのノロケを聞かされたって当然くらいに思っていたのだ。
思わず呟いたナミに、サンジはそれまでの様子とは違った感じの笑みを浮かべて見せた。
「そんなこと。」
笑いを含ませた口調で答えて、サンジはにこりとナミに笑いかけた。
「あるわけないよ。」
「・・・・・・・・・・そういうものなの・・・?」
なんだか分からなくなって言葉もうまく見つからないようなナミにサンジは笑ったまま一つうなずいて見せた。
「だってそうだよ。他人、なんだから。」
何もかも全部が好きだなんて、そんなことあるわけない。
そんな容赦の無いことを、いっそきっぱりと切り捨てているかのように言い切って見せるサンジに、なんだかナミの方が胸の辺りが締め付けられたような気持ちになってしまった。
そのナミの表情に何かを感じたのか、サンジがちょっと困ったような笑顔になる。
「あ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」
「えーと、びっくりって言うか・・・・・・。」
ナミの心に浮かんでいたのはナミ自身にも説明の付かないなんだか微妙な気持ちだったので、うまく言い表すことが出来ないまま、ナミは言いよどんだ。
言葉を濁して口をつぐんだナミの様子に、サンジが困ったように笑ったままもう一度「ごめんね」と言う。
「ううん、別にサンジくんが謝ることないわ。私から聞いたんだもの。」
でもどこか釈然としない気持ちのまま、ナミは心の中で「うーん」と唸った。
『どんなに好きでも結局は他人なんだから。』
そんな言葉は確かによく聞く台詞のようにも思うけれど、でもさっきまであんなに幸せそうにゾロのこと話していたサンジくんでもそんな風に思ってたりするんだ。
そう思うと、なんだか寂しい気がしたのだ。
「好きなばっかりじゃないのね。」
そんな風にしか言葉にすることが出来なかったけれど、それでもなにか言いたくて、ナミはぽつりと呟いた。
すると、とたんにサンジが驚いたような顔になる。
「え?そんなことないよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
一瞬ナミが自分の言った言葉の何を否定されたのかもよく分からなくなるほどのあっけらかんとした言い方で、サンジは彼のほうがびっくりしたとでも言いたそうな声を上げた。
そしてそのままあっさりと言葉を続ける。
「好きだよ、っていうか、好きなばっかりだよ、俺はあいつのこと。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」
いよいよ訳が分からなくなって思わずイラついたような声を上げたナミに、サンジが慌てた様子で手を振ってみせる。
「あ、ごめんね。分かんないことばっかり言ってるよね、オレ。」
そのとおりだと言い返したくなる気持ちを抑えて、ナミはサンジの言葉の続きを待った。
「あのね。俺はさ、あいつ見ててむかつくことだとかイライラすることだとか本当にいっぱいあるよ。ほとんど毎日って言っていいくらい、それこそ四六時中あいつのことで腹立ててんじゃないのかなってくらい。」
ナミにもそれはわかる気がして思わずうなずいてしまった。
だってこの二人ときたら、それが何かの日課なのかしらとナミたちが呆れるくらい喧嘩ばかりしているのだ。
そばで見ていたって、いったいなにが原因だったのかもわからないくらい些細なことを理由に。
相槌を打つナミに笑いかけて、サンジは続ける。
「あいつもさ、そんな俺に腹立ててるよねきっと。なんだこいつって。で喧嘩ばーっかりしてるわけだ。」
そうね、と今度は口に出して賛同したナミに、サンジは「あはは」と朗らかに笑い声を立てた。
「でもさ。喧嘩って、結局本当に仲悪かったり本気で嫌いなやつ相手にするもんじゃないなあって俺は思うんだ。」
「・・・・・・・・・そう?」
「うん。だって本気で嫌いな相手だったら話なんかしないだろうから喧嘩にもならないし、そもそもそんなやつが何してようが何考えてようが、どうでもいいって俺は思っちゃうだろうから。だからイライラもしないしむかつきもしないんだ、きっと。俺があいつにむかついたりケンカしかけちゃったりするのは、俺にとってはあいつがどうでもいいヤツなんかじゃなくて、すごくすごく意味がある相手だからなんだよ。」
「そういうものかしら。」
「まあ、俺の場合はね。違う人もそりゃいるだろうけど。」
ナミはちょっと考える。
確かに、サンジにはそういうところがあるかもしれない。
誰にでも優しそうに見えて、でも敵とみなした相手に対しては戦うとなれば本当に容赦がない。
それはサンジの中では、相対した存在に対してある種の「線引き」がはっきりしているからということだろう。
それでも、相手がどう見ても敵だと言う存在であっても空腹を訴えられれば彼は食事を差し出すのだ。
けれど、それはサンジの料理人としての信念の問題なのであって決して彼の『優しさ』ではないのだと、いつだったか誰かとそんな話をしたことをナミはふと思い出した。
誰だったかしら?ルフィ・・・ではなかった。ウソップかロビン?
「ナミさん?」
少しの間黙り込んだナミに、サンジは気遣うように名を呼びかけてきた。
心配そうな響きをその声に感じて、ナミはあわてて顔を上げてサンジを見る。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考えこんじゃった。」
「俺のほうこそ、こんな話面白くないよね。もうやめようか。」
「ううん、そんなことないわ。興味・・・・・って言ったら失礼だろうけど、なんかもっと聞かせてほしい気がする。」
話題の続きを促すナミに、サンジはちょっと間をおいてから笑って『そう?』と首をかしげた。
そして、ナミの促すままにまた話し始める。
「ねえ、ナミさん。俺、思うんだけどさ。」
「うん。」
「本気でケンカできるってすごいことなんだよ、実は。」
なんだかものすごい秘密でも打ち明けるというような顔と声でサンジが言うから、思わずナミもじっと耳を澄ませるように言葉の続きを待ってしまう。
「ケンカってさ。意志の疎通が量れてるからできることなんだよ。お互いに何を言っているか伝わっている同士にしか出来ないことなんだって、俺は思うんだ。」
「・・・・・・・・・・・サンジくんとゾロって、意志の疎通が量れてないからケンカするんだと思ってたわ。」
ナミが思わず正直に心のうちを呟くと、サンジはちょっと眉を下げるようにして「ごめんねー」と笑いながら答えた。
「意志の疎通が量れない同士だったらさ、なんだムカツクヤロウだなって、それで終わっちゃうと思うんだ。けど、相手に自分が思っていることを何としても伝えたい、分かってもらいたいって気持ちがあると、そっからケンカになっちゃうんだよね。」
「うーーーーん、まあ、そう言われれば・・・・・。」
サンジの言いたいことはなんとなくナミにも伝わってきた。
相手を思うからこその情熱ということか?
だからといってあんなにいっつもいっつもケンカに明け暮れなくても、と思ってしまうのはナミだけではあるまい。
「だけどさ。俺がどんなに自分のキモチをあいつに分かってほしくて色々言ったりアクション起こしたりしてても、あいつにそれに答えようとか反論しようとかいうキモチがまったく無かったとしたら、それってケンカにならないってことだよね。俺ばっかりぎゃんぎゃん騒いでてあのヤロウは華麗にスルー、とかってこともありえたわけなんだよ。」
なるほど、そういう見方もあるのね。
ナミはちょっと感心するような気持ちでサンジの言葉を聞いていた。
「そりゃ、ケンカにならずにお互いの言いたいことが言えたらそれが一番いいんだろうってのは分かってるんだよ。けど、なんでかな。あいつが相手だと気が付くとケンカになっちゃうんだよね。」
そういってサンジは自分自身の言葉に呆れたとでもいうような苦笑を浮かべた。
でもその笑みはなんだかとても満たされているようにナミには感じられる。
「たぶん、俺が原因なんだって分かってるんだけど。でも、どうしてもあいつが相手だと最初から全部、全力でいっちゃうっていうか、押さえが利かなくなってるんだ、俺。」
『えへへー』とちょっと照れたように笑うサンジに、ナミは思わず目を丸くしてしまった。
なんということを言うのか、この男は。
自分がものすごいことを口にしていることに気が付いていないのか。
しかしサンジは愕然とするナミの様子に気が付く風も無く言葉を続ける。
「俺があいつに言ってることなんて、ホントは俺のわがままでしかないって分かってるんだ。メシの時間にちゃんと来いっていうのなんかだって、結局は自分の作ったものを早くあいつに食べて欲しいとかってキモチなわけだし。食事はみんなで揃ってするのが共同生活のルールだ、なんてもっともらしいこと言ってるように見せて、実は一番美味しい状態の料理をあいつにも食べて欲しいって、それだけなんだよ。」
ふうっと、ため息と共に言い切って、サンジはへらりと表情を緩ませる。
「俺は料理をすることに関しては絶対の自信があるからさ。あ、でもそれは俺の料理が世界中で一番うまいとかそういうことじゃないよ?そうじゃなくて、俺は今の自分にどんな料理がどれだけうまく作れるかっ
てちゃんとわかってる。今の自分の料理に何が足りないのか何をすればもっと腕を磨いていけるのか、毎日そればっかり考えてる。だからこそ、今の俺が作った料理がどんな風に食ってもらえたら一番うまいのか、ちゃんと分かってみんなの前に用意してるんだ。だから、あいつにもちゃんと俺の料理を一番うまい状態で食ってもらいたい。でもさ、それはあいつには関係ない俺の中でのこだわりなんであって、本当はあいつの毎日にはぜんぜん関係ないことだったりするんだ。」
だけどねナミさん、とサンジはちょっと目元に真剣な色を乗せてナミを見つめてきた。
「俺はさ。あいつの毎日があいつ自身の野望のために繋がってるって知ってるし、あいつのあの生き方もちゃんと認めてるんだ。ちゃんと叶えろよって思ってるし、あいつなら絶対叶えるだろうって信じてる。だからこそ、あいつにも俺の料理を、というか料理に対する気持ちとかを見てもらいたいんだ。料理人として生きていくっていうのが俺にとってはあいつが言うところの『野望』みたいなもんだから、ちゃんとそれに対して俺が真剣なんだってことを分かってもらいたいんだよ。」
言いたかったことを全て口に出せたのか、サンジはどこかほっとしたような表情になった。
そして無言のままサンジの言葉を聞いていたナミに向かって、にこりと微笑む。
「でさ、あいつはけっこうそんな俺のココロのウチみたいなもんをちゃんと分かってくれちゃってたりするんだよ。」
「え、そう?」
「うん。だってあいつ、俺がメシだって蹴り起こしにいったとしてもさ、蹴ったことに対しては怒るけど飯を食えって言ったことに対しては絶対逆らわねぇんだもん。」
「・・・・・・・・・・そういえば。」
「ね?もし、あいつが本当に俺のこだわりなんてどうでもいいって思ってて、なにもかもテメェのやりたいようにするっていうようなゴーイングマイウェイなヤロウだったら、俺がメシの時間を勝手に決めてあいつのやりたいこと邪魔にしに来ること自体をおもしろくねぇって反論してくるんじゃないのかなって思うんだよ。」
ナミはちょっと・・・・・というか、かなり驚いてサンジの話を聞いていた。
こんな小さな船に乗って、こんなに密接した生活を送っているというのに、ナミはサンジとゾロのケンカをそんな風に捉えたことは一度もなかった。
あの日常の決まりごとでもあるかのように繰り返される二人の小競り合いに、じつはそんな真剣なココロの向かい合いみたいなものが含まれていたなんて。
いや、自分だけじゃなくて誰も気が付いていないだろうけれど。
だいたいナミだって、サンジがこんなふうに真剣なキモチをあのゾロに向けていることにだって、まったく気が付いていなかったわけだし。
まあ、真剣でまっすぐすぎた挙句、毎日のケンカに繋がっているというところはちょっとナミの理解の範疇を超えているのだけれど。
「・・・・・・・・・・・ナミさん?」
「うーん、なんとなく言いたいことは分かった気がする・・・けど。」
「そう?」
「でもやっぱりあたしには『男の子の恋心』は分かんないわ。」
わざと難しい顔をして唸るようにそう言ったナミに、サンジは笑う。
「いいんだよ。ナミさんは女の子なんだから。もっとかわいい恋愛してよ。ね?」
「かわいい、ねえ・・・・・。」
「うん。女の子には女の子にしか出来ない恋愛があるよ、きっと。」
そして、とんっと軽い音を立ててテーブルに手を突くと、ナミと向かい合わせに座っていた位置から立ち上がる。
見上げるナミに、またにこりと笑いかけてから、サンジはキッチンへと足を向けた。
「何かお飲み物でも用意しましょう、レディ。暖かいものがいいかな。」
いつもの楽しげな調子のその提案に、ナミも笑ってうなずいた。
「そうね、ありがとう。でも、できれば冷たいワインとか飲みたいなあ。」
「これは失礼いたしました。すぐにご用意いたしましょう。」
うやうやしく頭を下げて、サンジはキッチンに立つ。
冷蔵庫を開けていくつかのものを取り出して調理台に向かう。
水を流す音。
包丁の軽やかな音。
食器や調理器具を扱う時の、硬質な物の立てる小さな音。
それらのすべてがサンジの流れるような動きの一つ一つから生まれてくる。
きれいだな、とナミは思った。
キッチンは彼の領域だ。
その彼の場所でくるりくるりと流れるような動きをするサンジは本当に美しいとナミは純粋にそう思った。
そしてその彼の美しく無駄のない動きから作り出される料理の数々は、美味しいという以上のものにあふれていて。
仲間たちに対する限りない愛情と優しさ。
手渡され供される皿に満ち溢れるものは彼の料理人としての信念だけではなく、きっとサンジの優しさそのものだろう。
そしてそれは仲間たちを生かし喜ばせ幸せにする。
それは、ただ同じ船に乗り合わせたという、ただそれだけでその恩恵を享受していることが申し訳ないと思えるほどの幸福感だ。
そしてそんなことはナミだけじゃなくて、この船の仲間たちみんながちゃんと分かっていることなのだろう。
ただどんな風に気が付いているのか、そのカタチの違いだけなのだ。
ゾロの中にだって、きっとちゃんとサンジから与えられるものがちゃんとカタチになっているはずだ。
もしかしたらそのカタチは、ナミたち「仲間」とは違う意味を持っていたりするのかもしれない。
だってこんなにまっすぐで真剣な気持ちを、毎日毎日あれだけ全力でぶつけられていて何も感じないなんてそんなことできるわけが無いとナミは思う。
人の気持ちに無頓着なように見えて、ゾロは案外と周りを見ている。
剣士としての特性みたいなものかもしれないけれど、きちんと自分の目で見て状況を把握しようとするような冷静な部分が誰よりもしっかりしていると思うのだ。
だからきっと、ゾロはサンジが自分に対してとってくる態度が他のクルーたちに対してのそれとは微妙に違うことにちゃんと気が付いているのだろう。
その違いが何なのかまでは気が付いていないのだとしても。
サンジから自分に向けられるものは適当に受け流していいのではないのだということにはちゃんと気が付いている。
そして、真剣に向き合うべきだと気が付いているのだろう。
あ、とナミは心のなかで声を上げた。
さっき思い出したサンジの料理人としての信念と彼自身の優しさが別のものなのだと言う話をした相手が誰だったかを思い出したのだ。
なんだ、アイツもちゃんとわかってるんじゃない。
ナミは思わず笑みを浮かべてキッチンに立つサンジを見つめた。
良かったね、サンジくん。
サンジくんが今夜みたいに幸せな顔のままで笑っていられたらいい、とナミは心から思った。
幸せな彼はきっと、そのキモチそのままの料理を作って、仲間たちをそれ以上に幸せにしてくれることだろう。
そしてナミたちが彼の料理と彼の優しさに包まれて幸せだと笑っていられたら、それはきっとそのまま彼を幸せに出来るだろうから。
そのためだったら、こんな風にたまには二人きりでサンジの「恋バナ」に付き合ってあげてもいい。
恋をして浮かれている人の話なんて聞いてられるものじゃない馬鹿馬鹿しいだけの話だと今までのナミはちょっと思っていたのだけれど、でも幸せそうなサンジの様子はなんだかナミの心までもふわふわと暖かい何かで満たしてくれるようだったから。
それはきっとナミが、この「恋バナ」の当事者二人を大好きだと思っているからだろう。
大好きな二人が、ただ仲が悪いという理由だけでケンカしているのではないと分かっただけでも、今夜はすごく楽しかったし嬉しかった。
ああ、でも明日からケンカしてるところを見る目が変わっちゃうかもねえ。
そしてそんなキモチで二人のケンカを眺めているのはきっと自分だけなのだということがナミの中でちょっとしたくすぐったさを生み出す。
やっぱり他人の「恋バナ」なんて、ちょっと距離を置いてみているのが一番楽しいのかもしれない。
そんなことを思いながら頬杖を付いていたナミの前に、サンジがワイングラスと綺麗に彩られたオードブルのようなおつまみの皿を置いてくれる。
自分の分のグラスも用意してもう一度ナミの向かいに座ったサンジと冷えたワインの注がれたグラスをちょこんと合わせて、ナミは窓の外の風音に少しの間、耳を澄ませた。
風の音が穏やかになっている。
明日はきっと晴れるだろう。
END
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恋愛が色々なことに立ち向かうパワーになるタイプの人ってうらやましいなあ、とか思います。
私はそういうタイプの人ではないようなので、余計にいいなあって思うのかもしれません。
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