とにかく「恋をしていて幸せな人」を書きたくて書きました。
そして思いがけず長くなってしまっています。
なので、前編と後編に分けさせていただきました。
ほのぼの、といえなくもないかな。
後編も近日更新します。
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「心のカタチ」 前編
風が強い。
今日は朝から雲の多い空模様で日中は雨もぱらついたりしているし、波も高くて船をぐらぐらと揺すったかと思うと次の瞬間には突然のように凪いだりして、船もクルーもなんだか落ち着かないまま過ごすことになった。
グランドラインは本当に気まぐれな海だ。
それでも外敵から襲われることはなく、そういう意味では平和な一日だったといえるかもしれない。
夕食を終えたクルーたちはそれぞれの部屋や見張り台へと散っていく。
サンジはラウンジに残って食事の片付けと明日の仕込みを続けていた。
夜半から急に風が強くなってきた。
なのに波はあまり荒れていない。
海の上を吹き荒れる風が、がたがたと船室の窓を鳴らすばかりだ。
夜空をこれだけの勢いで吹き渡り触れるものすべてを揺らしていくのに、海には触れない。そんな風が存在するものなのか、とこうして目の当たりにしても不思議に思う。
『グランドラインだから。』
麦わらの船長に言わせるなら、グランドライン特有の「不思議天気」というところだろうか。
この海に漕ぎ出してから次々と船を襲う不可思議な現象を、そんな言葉で片付けられるものなのかと呆れる気持ちもある。
その一方で、ああそうかと納得している自分もどこかにあって。
グランドラインだからこれでいいのだと、悩むことは何もないのだと片付けてしまっていいのだと安心してみたりもしていて。
サンジはもともと物事を複雑に考えるのが得意ではない。というか、色々悩んだりするのが好きではないのだ。
楽天家というわけではないと自分では思っている。
はっきりと白黒つけすぎるわけでもない。
ただ、自分に正直にありたい、と心に決めているのだ。
たぶんそれは、あの海の孤島を生きて出ることが出来たときに心に芽生えた思いだ。
それは、まだ小さなサンジの中に根付いた、小さな、けれど確固たる信念。
『後悔したくない』
そんな子供じみたようにも聞こえる単純なほど率直なその思いは、今のサンジを形作る根底にしっかりと存在している。
だって、今この瞬間の次の一瞬にはもしかしたら、後で悔やんだり反省したりなんてそんな悠長なことを言っていられなくなるのかもしれないのだ。
あの子供のころから比べたら少しは大人になったサンジ自身には、それがちょっとした強迫観念のようなものだということも分かっている。
だからといって、この生き方を変えようとも思わない。
自分は自分の気持ちに正直に生きていこうと心に誓って、ここまで生きてきたのだ。
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「なるほどねぇ。」
ナミがしみじみという口調でため息交じりの声を吐き出した。
夜半のラウンジには、ようやく水仕事を終えたサンジと、風の動きが気になって眠れずに起きだして来たナミの二人きりだ。
昼間ならともかく夜も遅いこんな時間では、なかなか珍しい取り合わせといえる。
というのは女性陣を前にハイテンションになったサンジの美辞麗句のオンパレードは、夜も遅い時間にたった一人で面と向かって受け続けるにはかなりの忍耐力が必要で、ナミもロビンも夜半のラウンジでサンジと二人きりになったりしないように気をつけていたりするから。
もちろんサンジに悪気がないことはナミもロビンもよく分かっている。
彼が自分たちを心のそこから大切に思っていてくれることも重々承知だ。
それでも、感情に素直すぎて黙っていることの出来ないサンジの言葉の嵐は時にナミをイライラさせることもあって、でも優しすぎるコックさんを怒鳴りつけたりしたくない(度が過ぎるときは殴り飛ばすこともあるけれど)ナミは、自分の調子が今ひとつと感じられるときには自分からそういう場面を避けるようにしてきた。
もちろん、本当にナミやロビンの調子が悪かったりするようなときには、サンジはクルーの誰よりも早くそれに気が付いてくれて、ごく自然にナミたちの負担にならないようなテンションで接してくれたりするのだ。
そういうときのサンジの態度は本当に優しさにあふれていて、ナミはそのサンジの向けてくれる優しさは大好きだったりするのだが。
今日は日中から読めない天候に振り回され続けて、ナミはくたくただった。
こんな時刻に起き出したりする気になったのも、疲れすぎて眠れないというのもあったのかもしれない。
ただ、もしかしたらと思って部屋を出ると、思ったとおりラウンジには小さく明かりが灯っていて、ナミはちょっとほっとしてそのままここに足を向けたのだ。
こんなすっきりしない気分の時にはサンジくんに思いっきり褒めてもらうのもいいかもしれない、そんなことを内心思いながら。
けれどラウンジに来てしばらくたった今、二人の会話の方向はナミの思った方向からは大きく逸れ始めていた。
確かに、サンジは思いっきり褒めている。
褒めているというか、どれだけ自分が相手のことを好きなのかを考え考えという様子ながら、それでも途切れることなく話し続けているのだ。
美辞麗句、とはちょっと違うが、心のこもった相手への言葉の数々がサンジの口から楽しげに語られている。
たしかにナミの意図していたとおりと言えなくもない。
ただ、問題なのはその言葉の向けられている「相手」だ。
どこからこんな話になったのか。
今となってはナミにも判然としないが、しかしついつい話し込んでしまったのはナミも女の子だということだろう。
こんなふうな「恋の話」につい夢中になってしまうのはやはり若い年頃の女子なら当然というもので、その話が自分自身には何の影響もなく、しかも話題の相手が自分のよく知っている相手だったりすれば、ついつい興味津々で話に乗り気になってしまうのも仕方ないといえるだろう。
だいたい、このサニー号の中でまさか「恋バナ」が出来るなんて思いもしなかったナミなのだ。
自分以外にこの船にいる女性はロビンだけで、しかもそのロビンはナミよりもずっと年上だということもあるのだろうけれど、なによりその身を取り巻いていた環境のせいもあってか浮ついたところがほとんど感じられない。
そして彼女自身がどうやら他愛もない世間話というものを何より苦手にしているようなところがあって、ナミとしてはそんなロビンを少しばかり複雑な思いを抱えつつ見守っているというのが現状で。
まさかそんな彼女と「好みのタイプ」だとか「これまでの恋愛遍歴」なんて会話ができるわけもない。
そんな単純な話なんかよりもロビンとは他にたくさんの話したいことがあったりもするから、ナミとしてはまったく問題ないのだけれども。
しかし、たまには年相応の「女の子」な会話をしてみたくなったりすることもある。
ごくたまに大して興味も益もないような若い女の子向けの雑誌なんかを買ってしまったりするのはたぶんそのせいだと、ナミも自分で気がついていた。
でもまさかこんな近くで恋愛ごとに盛り上がっている存在がいようとは、さすがのナミもまったく気がついていなかった。
恋愛、というよりも、恋心を募らせているというほうがぴったりかもしれない。
話の感じからするとどうやら「片思い」のようだし。
「で、どこがいいの?」
「えー、どこって言われても。」
「・・・・・全部、とかって言う答えはやめてね、寒いから。」
先手を打ったナミの一言にサンジは『え~そんなあ~~』などと困ったような顔になった。
どうやら『全部』と言いたかったらしい。
えーと、そうだなあ、などどぶつぶつ呟きながら中空を見つめるサンジはそれでもとても楽しそうで、ナミもつられて笑顔になるしかないくらいだ。
そうか、そんなに好きなんだ。
しかし、ほほえましく感じたのも一瞬で、その相手の顔がふと脳裏をよぎったナミは「うー」と思わず眉を寄せた。
だってサンジが先刻から「恋する相手」として語っているのはあのゾロなのだ。
イーストの魔獣で元海賊狩りで懸賞金だって近頃うなぎのぼりの、今は同じ船に乗り込んでいる仲間の一人『三刀流のロロノア・ゾロ』だ。
もちろんナミだってゾロのことは好きだ。
ともに航海するようになって仲間として月日を過ごすうち、いろんな噂や世評なんてちっとも当てはまらない、等身大のゾロを知ったからこそそう思うのだ。
ゾロと仲間になれたことを、そしてゾロに仲間だと認めてもらえているだろう自分を、ちょっと誇らしく思ったりする程度には。
けれど『恋の相手』とするのにはどうなんだろう、とナミは心の中でうなった。
だって剣の道を究めることしか頭に無いようなあんな男に恋したところで、寂しいのは自分じゃないのか。
恋をするからにはやっぱり、ちょっとウザイと思うくらいイチャイチャしたりされたりしてみたいとかナミだって思う。
けれど、どう考えてみたところであのゾロが日々の鍛錬と恋人の存在を量りにかけて愛しい人のほうを選ぶ、なんてありえないとしか思えないわけで。
そこまで一瞬の間に思考を詰めて、ナミは今度こそ声に出して「うーん」と唸ってしまった。
「ナミさん? 」
ナミのうなり声に、テーブル越しのサンジが心配そうに首をかしげて覗き込んで来る。
その眉を寄せた顔を「ちょっとかわいい」とか思ってしまったことは綺麗に押し隠して、ナミはひらひらと手を振って見せた。
「ああ、なんでもないわ。で、どこが好きなの?」
「えー。どこって・・・・・。」
再度のナミの問いかけに、今度はサンジが「うーん」と小さく唸った。
ナミから視線をはずして、何も無いラウンジの宙を睨むようにして言葉を捜している。
左手の指先に挟んだ煙草は火を付けないまま忘れられているようだ。
あんなにヘビースモーカーのくせして、サンジくんのなかでは『煙草>ゾロ』なんだ。
そんなところもかわいいなあ、とまるで年下の兄弟か何かに対して思うような気持ちになって、ナミは笑った。
その笑顔に気が付いたサンジも、また笑顔になった。
サンジは喜怒哀楽の表現がはっきりしている、とナミはふと思った。
ルフィやウソップ、チョッパーも感情表現ははっきりしていると思うけれど、サンジのそれは年少組のそれとはまたちょっと違うのね、とナミは気がついた。
ルフィたちの場合、喜怒哀楽がはっきりしているのは、ただ考えなしに気持ちの赴くままに話したり動いたりしているだけなのだ。
でもサンジの場合は違う。
ちゃんと、見ている相手にどう伝わっているかを考えた上での感情表現なのだ。
「ねえ、ナミさん。」
「なに?」
サンジが笑い顔のまま口を開いた。
ナミも笑顔で答える。
うん、楽しい。
大切な誰かを思って笑顔で話す人を、こんな風に笑顔で見守っていられるってすごく楽しくて幸せなことなんだ。
そんな想いをこめて、ナミはにっこりとサンジに笑顔を返した。
「俺さ、本当にあいつのこと、好き・・・・・なんだ。」
笑顔のまま、サンジは言葉を続けた。
「なにがとかどこがとか、そんなこと思う前に・・・・・『好きだなあ』って気が付いたんだ。だから、なんていうのかな、どこが好きなのかって聞かれても、うまく答えられないっていうか・・・・・。」
言葉をつむぎながら、サンジが右手でクシャリと自分の前髪をかき上げた。
考え考え話している様子が子供みたいで本当にかわいい。
と、ナミは心の底から思った。
自分よりも年上の、しかも男性相手に思い浮かべる形容詞ではないかもしれないけれど、でもナミの目から見て今目の前にいて恋する人について語るサンジは本気で『かわいい』。
そんな風にサンジを見ていたせいなのか、ナミの頭には「サンジとゾロは男同士なのに」とかいうような、基本的な疑問はまったく浮かんでこなかった。
ただただ、誰かを好きになるっていうのはこんなにも『可愛い』ことなんだ、と思っただけだ。
どこか恥ずかしいような、でも聞いているこちらまで心の中が暖かくなるような、そんな気持ち。
それでも、『何かを好きだと思うのは人間のプラス思考の最たるものなのかも』なんて冷静に分析してみたりしちゃうのは、ナミがきっとまだ本気の恋をしたことが無いからなのだろう。
他人の「恋バナ」なんて、こんな風にちょっと茶化したりするくらいでないととても聞いてられないものだということも、ナミにとっては初めて知ることだった。
少し前に予告していた、チョッパーとサンジとゾロのお話です。
思いのほか長くなってしまいました。
しかも「未満」じゃない人たちになってしまいました。
予想外です(苦笑)
たいしたことはしていないのですが。
それでも大丈夫という方は、どうぞ読んでみてください。
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『理由』
「・・・・・・・・・・・・え?」
突然向けられたチョッパーからの問いに、サンジは言葉に詰まった。
考えたことなかった、というのが正直なところだ。
だが、そう答えてしまうのはいけないような気がして、サンジは固まったまま必死に思考を巡らせ始めた。
夕食後の片づけをしていた両手は、シンクの上で泡だらけの皿を握り締めて止まってしまっている。
「あ。ごめん、オレ、なんか聞いちゃいけないこと聞いた・・・?」
いつも明快に言葉を操るサンジの思いがけない様子に、問いかけたチョッパーのほうも「しまった」という表情になった。
夕食後のラウンジにはサンジと話したかったチョッパーと、そして晩酌を続けていたゾロの三人だけだ。
キッチンにいるサンジの顔が見えるようにと思って、ダイニングテーブルのキッチンカウンター正面の位置に座っていたチョッパーは、椅子の上でその身体をそわそわと揺すり始めた。
そのチョッパーからいくつか椅子を挟んで、やはりキッチンの見える側に座っていたゾロはそんな二人の様子に口を挟むこともなく、ただ黙ってグラスを傾けている。
「あ、あの、いいんだ、無理して答えなくって。ごめんな、オレ・・・」
「や、違う、違うって。別に無理とかじゃなくて・・・・・・・」
泣きそうなチョッパーの声に、はっと我に返ったサンジが慌てて口を開いた。
「あー・・・・・・・、えっと、なんて言うのか、な・・・・・、とか思ってな。」
聞かれちゃ困るとかじゃねぇよ、とサンジが笑って見せると、チョッパーはようやくほっとしたように身体の動きを止めた。
「えー・・・と、なんていうか、言葉に・・・・しようと思ったことない・・・・っていうかさ。」
苦笑いをしながら言葉を探す風なサンジに、チョッパーがちょっと考えるようにしてから答えた。
「言葉にするのは難しい、ってヤツか?」
「おお。そうそう、そういう感じ!」
どこかほっとしたような笑顔を浮かべる、いつもの彼らしくないサンジの様子にうろたえていたチョッパーは、ふいに傍らからの強い意志を持った視線を感じて、チラリと少し離れたところに座っているゾロに視線を流した。
図ったようなタイミングでチョッパーとゾロの視線が合う。
ゾロは二人のやり取りにまったく関心がないように晩酌を続けている様子だったけれど、それでも一瞬そちらを見ただけのチョッパーと目が合ったということは、ずっとこの会話の流れを気にしていたということか。
チョッパーと視線が合った瞬間、ゾロは小さく、本当にかすかに首を左右に動かした。
たぶん、サンジには分からない程度に。
それを見て、チョッパーは何かが心の中にすとんと落ちてきたような気持ちになった自分に気が付いた。
------------- 『理由』なんて、それこそ人それぞれで、だから違っていて当たり前だし、話したいと思わない人に無理に言葉にさせてもなんにも意味無いんだ。
「あ・・・・・・・・、なんかオレ眠くなってきたよ。ごめん、サンジ。話すのまた今度にしてもいいか?」
「え・・・?あ、ああ、そうだな。眠いならもう寝ろよ。」
「うん。お休み、サンジ。」
「ちゃんと暖かくして寝ろよ。おやすみ、チョッパー。」
「ゾロも・・・・・・・・おやすみ。」
「ああ、おやすみ。」
いささかわざとらしいくらいにチョッパーが話を急に切り上げにかかっても、自分の思考に気をとられたままのサンジにはさほど不自然には映らなかったようだ。
それどころかほっとしたように表情を緩めて、ラウンジを出て行こうとするチョッパーを見送る。
居合わせたゾロにもお休みと告げて、チョッパーはそそくさと扉から出て行った。
小さな船医の後姿が閉められた扉の向こうに消えても、サンジはしばらくシンクの前で動きを止めたままだった。
そんな様子を視界の端に収めながら、ゾロは黙ってグラスを傾ける。
グラスを満たしていた酒がなくなって、残った氷がカランと高い音を立てた。 その音にサンジがはっと我に返ったようにゾロを振り返った。
「あ、ああ。酒なくなった?」
「・・・・・・・・・おう。」
「悪い、気がつかなかった。」
『まだ飲むよな』と言いながら、サンジは洗い物の途中で泡だらけだった手をきれいにしてから冷蔵庫であらかじめ冷やしてあった度数の高い蒸留酒の瓶を取り出してゾロのほうへとカウンターを回ってきた。
テーブルの上のグラスに酒を注いで、またキッチンに戻ろうとするサンジの腕をゾロがつかんで引き止める。
引かれた腕に抗うことなく、サンジはすとんとゾロの隣に腰を下ろす。
サンジが素直に椅子に座ったことを確かめて、ゾロは掴んでいた手を離すと目の前に置かれたグラスに手を伸ばした。
サンジが、手にしていた酒瓶をテーブルに置く。
しばらく無言で瓶の表面を意味もなく指で辿ったりしていたサンジは、ふいに「はぁ・・・」と大げさなほどに声に乗せてため息をついた。
「まいったなあ・・・・・。あんなこと、聞かれるとか考えたことなかった。」
しかし質問されたことを不快に感じているとか言うことではないらしい。ただ本当に困惑しているという口調でつぶやくように続けるサンジに、ゾロは黙ったまま視線を向けた。
それに『へへ』と苦笑のように笑って見せて、サンジはそのままぱたりとテーブルに突っ伏すように顔を乗せる。
「言葉にするのが難しいとかじゃないんだろ。」
しばらく突っ伏した体勢で口をつぐんでいたサンジに、ゾロがゆっくりと口を開いた。
驚いたように、サンジはテーブルの上になついたまま、顔をゾロの方へと向ける。
見上げてくる視線に自分の視線を合わせて、ゾロは続けた。
「考えたこともなかったんだろ、本当に。」
「・・・・・・・・・・そ・・・だな。」
『なあ、サンジはどうして強くなりたかったんだ?』
チョッパーからのいきなりの質問は、本当にきっと何の他意もない純粋な疑問だったのだろう。
ドラムの雪山の中でたくさんの葛藤を抱えてただひたすらに自身の成長を願い努力し続けてきたあの小さなトナカイにとって、突然目の前に現れて思ったこともない『強さ』を見せてくれて、そしてかなり強引な勧誘の挙句に自分をあこがれていた広い世界へと連れ出してくれた麦わらのクルー達は、彼の中にきっと憧れの存在として焼きついていて。
その後いくつかの戦いをともにして、ルフィだけじゃなくほかのクルー達のそれぞれの強さを目の当たりにしてますますその思いを強くしているのだろう。
ここ最近のチョッパーがほかのクルー達にも「なぜ強くなりたかったのか」というような質問を投げかけていたことをゾロは知っている。
けれどそれは「どうやれば自分ももっと強くなれるのか」を知りたい彼の、「早くもっともっと強くなりたい」と願うあのトナカイの純粋な気持ちの表れなのだとクルーは皆理解していた。
だから、チョッパーからの問い掛けを受けた他のクルー達は、みな自分がこの船に乗るまでの出来事などを絡めたりしながらこれまでの経験などを語ってやっていたらしい。
ただ、ゾロはまだ聞かれていなかった。特に聞く順番があったとか言うことではなく、いつも忙しくしているサンジにはなかなかきっかけが掴めなかっただけだろうし、ゾロに対しても日中は鍛錬に励んでいるか昼寝しているかだからタイミングがなかっただけという程度だろう。
けれど、チョッパーがそんな質問を皆にしていると知ったとき、ゾロは自分のところにチョッパーが来たらあのコックには聞いてやるなと遠回しに止めるつもりでいたのだ。
船の中では誰よりも忙しく立ち働いているコックのことだから、きっとチョッパーからの質問を受けるのは最後になるだろうと考えていたから。
だから、今夜の夕食後のラウンジにチョッパーがいつまでも残っていたときに、もしかしてという思いがよぎって、ゾロは内心ちょっとしまったと思っていたのだった。
きっとコックはこの質問に対する答えを持っていないだろうと、ゾロには分かっていたから。
「・・・・・・・・・・・・・強く・・・・・なりたくないわけじゃねえけど・・・」
ぽつり、とサンジが口を開いた。
視線はいつの間にかゾロから逸らされて、どこか遠くを見るように揺れている。
「強くなるためにって、思ったこと、ないんじゃないかなあ・・・・俺。」
サンジは根っからの料理人だ。
料理人として過ごしていた場所が場所で、環境が環境で、そして来し方が来し方だったから、こんなにも「強い」というだけで、強さを目指して何かに励んできたわけではない。
麦わらのクルーがあの海上レストランに向かわなければ、あの場であんな戦いにならなければ、サンジは今でもあのレストランで料理人として高みを目指して日々を過ごしていたに違いない。
そしてその生活には、「強さ」を目指すようなそんな要因は含まれなかったに違いないのだ。
「強くなりたいってだけ考えて何かをしたとかって、きっと俺ないなあ・・・・・。」
そのことをどこか後ろめたく感じているような、そんな頼りない声でサンジはつぶやく。
そんなサンジの様子を見ていたゾロは、手にしていたグラスをテーブルに置くと、右ひじをテーブルについて手で顎を支えるようにすると、自分の左隣に腰掛けてテーブルに突っ伏したままのサンジをじっと見下ろした。
「なんかなあ・・・・・。気がついたらクソコックどもとか、店来て問題起こすやつらとか蹴り飛ばしてたっていうか・・・蹴り飛ばせるようになってたっていうか・・・・・」
自分でも自分の「強さ」がどういうものなのか不安になったとでもいう様なサンジの様子に、ゾロはちょっと苦笑を浮かべた。
「おまえは、だけど闘うだろう?」
「へ?」
唐突なゾロの言葉に、サンジがぱちりと目を瞬かせてゾロを見上げる。
ようやく戻ってきた視線を捕らえたまま、ゾロは続けた。
「レストランの時だってそうだった。なんか変な客居たろ、あん時。」
「あ?ああ、居たっけ・・・?」
「あん時だって、お前は他の誰にも任せず、自分が出てって片付けちまうだろ。」
「・・・・・・・・・・・見てたの、お前。」
「メリーからな。なんか海軍のヤツが騒いでるから様子見ようってウソップが言い出して、しばらく見てたんだよ。」
ふうん、とサンジがつぶやく。
それに向かってゾロはそれまでとはまた違った笑みを浮かべてサンジを見た。
自分のことを話されているのにまるで関心のないようなその様子。それがとても「彼らしい」とゾロは思った。
「俺はあの後『鷹の目』に挑んで先にあそこを出ちまったから、次に会ったのはナミの島だったけどな。」
「・・・・・・・・・・そう、だったな・・・」
「あんときだって、お前はまず自分が行こうとしただろ。」
自分も思い出すように、そしてサンジにも思い出させるように言葉を紡ぐゾロに、ちょっとサンジがすねた様な顔になった。
「・・・・・・・・・・無謀だとかって言うのかよ。」
「違う。」
合わせたままの視線をちょっと強くして、ゾロはきっぱりとサンジの言葉を否定した。
「おまえはまったく出来もしないことを勢いだけでやろうとするほどの無茶なやつじゃねぇ。それくらいは俺にだってわかってる。だけど、お前が自分自身のなかでどこまでが『自分に出来ること』だと思っていて飛び出すのかは、正直俺にはわからない。」
日ごろのゾロと比べたら驚くほど饒舌な彼の様子に、サンジは驚いたように彼の話に聞き入っている。
「きっとそれはお前だけじゃない。他の誰だって、『どれだけ出来ると思ってる』のかなんてそいつ自身にしか分からないし、もしかしたら本人にも分かっていないのかも知んねぇ。」
けどな、とゾロはいったん言葉を切ってじっとサンジを見つめる視線を強くした。
「それでも自分自身を信じてるからお前は飛び出すんだろ。強いとか強くなりたいとかそんなこと考えてもいなくても、お前は俺たちの行く手に立ちはだかる相手に挑んでいくんだ。それがお前の『強さ』だと俺は思う。」
一瞬、驚いたように目を見開いてから、サンジはくしゃりと表情を崩した。
泣き出すのかとも、笑うのかとも取れるその顔に、ゾロはそっと左手を伸ばしてテーブルの上にこてんと乗せられたサンジの頭に触れた。
するりとした手触りの髪を少しだけ指先に掬い取る。
「チョッパーがあんなことを聞いたのはてめぇを困らせるためじゃねえよ。」
「・・・・・・・・・・・・わかってるよ、それくらい。」
「そうか。」
剣士らしくない優しい慎重な手付きに髪を梳かれるままにされながら、サンジはテーブルの上からゾロを見上げた。
「チョッパーは・・・・・強くなりたいんだな。」
「ああ。でも『強くなる』ことがあいつの最終目標じゃない。それはチョッパーもちゃんとわかってるだろ。」
「そうだな・・・・・。」
チョッパーの目標が偉大な医者になることだというのはチョッパー自身にも、仲間達にも伝わっている大きな彼の夢だ。
その過程として彼はこの船の一員としてメリー号に乗ることを選んだから、仲間達のように強くなりたいと望んでいるのだ。
ともに旅をする仲間として、皆に劣らずに肩を並べられるように、と。
でも今はまだ自分が未熟な子供だと理解しているから、焦る気持ちが仲間達にあんな質問を向けさせたのだろう。
「自分がどんなもんかをちゃんと理解できてるヤツは、ちゃんとその先へ進んでいけるだろうよ。」
ゾロの言葉に、サンジの顔に笑みが戻る。
「なんだよ、それ・・・・・。オッサンとかジジイとか、もっと歳いったヤツが言う事なんじゃねえの、そういうのって。」
「・・・・・・・・・・・・・昔、俺の師匠が言った言葉だ。」
「パクリか。」
道理で、とサンジが笑う。
ゾロはちょっとむっとしたように眉を寄せて、でもサンジの髪を梳く手は止めない。
「・・・・・・・・・・・・・・・俺はさ、もっと強くなれればいいな、とは思うぜ。」
「そうか。」
「お前は、『強くなる』のが目標・・・野望だもんな。」
「おう。」
「お前からみたら、俺の『強くなれたら』なんて気持ちは取るに足りないようなちっぽけなモンなんだろうけど。」
『そんなことはない』と言おうとして、でもゾロは何もいわなかった。
目指すものが違う自分達には強さに対する思いも違っていて当たり前なのだと、ゾロもサンジもちゃんと分かっているから、そんな言葉は必要ないだろうと思ったのだ。
「でもさ。俺の『夢』はもうこの船に乗っけちまったからさ。お前達と一緒にこの船で『オールブルー』を見つけるんだって決めちまったから。だから、この船がこの先へ進むために必要なだけ、俺はきっと強くなる。」
ずっとこの船とこの仲間達と共に進んでいけるように。
ついさっき見せた少し気弱げな表情などきれいにかき消して、サンジはゾロに向かって笑う。
「チョッパーだって、きっと強くなるよ、あいつが望んでそうありたいと努力し続ければ、すぐだ。」
「そうだな。」
ただ、きっと今のチョッパーが目指すものは彼が自分を知れば知るほど、そして『強く』なればなるほど、更なる高みを目指すための一歩でしかないのだと、そう気がつくための一段階でしかないのだ。
終わりなんてきっと来ない。
自分達の『冒険』はきっとそういうものだ。
ふいにサンジがテーブルから身を起こした。
ゾロの前に置かれた空のグラスに手を伸ばす。
「もう少し飲むだろ。氷入れてやるよ。」
グラスを手に立ち上がろうとするサンジの後ろ髪を捉えるように、それまでその光る髪を梳いていたゾロの左手が彼を引き止めた。
首の後ろに手を添えて、そのまま少し力を入れ引き寄せるようにすれば、サンジは逆らわずにゾロのほうへと顔を寄せてきた。
唇が触れる瞬間、サンジがふと目元を笑わせたのが見えて、ゾロも口元に笑みを浮かべる。
触れるだけの一瞬の口付けはすぐに離れて、サンジはそのまますいっと立ち上がってキッチンへと向かう。
冷凍庫から氷を出しながら、サンジが笑うような声で言った。
「なあ、俺たちはみんな『強い』よなあ。」
ゾロもちょっと笑って答える。
「ああ、そうだな。」
「みんなして強くて、でももっと上を目指してて。俺たちって最強だなあ。」
歌うようにつぶやいて、サンジがテーブルに戻ってくる。
ゾロの隣にもう一度腰を下ろしながら、サンジはゾロの顔を覗き込むようにして笑った。
「なあ、この船に乗って良かったな。」
すごい秘密に気がついたとでもいうような、どこか子供みたいな顔で笑うサンジの頭をぽんぽんと軽く叩いてから、ゾロも笑った。
「ルフィに感謝だな。」
そうとだけ答えて、ゾロはサンジが新たに満たしてくれたグラスの酒に口を付けた。
目指す場所に辿り着くために。
望むものになるために。
そのためにこの船に乗り、そして出会った仲間達と共に進む毎日こそがきっと『強さ』の理由になるのだと、あの小さな船医が気がつく日も遠いことではないだろう。
END
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チョッパーが仲間に加わって少し後くらいの感じ。
あの子はきっと仲間達の強さにものすごくあこがれてるだろうなあと思ったのが
この話を書こうと思ったきっかけです。
そして私がワンピースをはじめて読んだときからずっと思っていることも書いてみたくて。
コックさんはなんであんなに強いんだろう、とずっと疑問に思っています。
別になんかの修行をしているわけでもないのに。
2Y後はまあ修行後ですけれど。
でも本当に今でも、すごく不思議で、実は彼の設定には何か秘密があったりするんだろうか、とかどきどきしてたりします(笑)
あの眉毛の形とか・・・ね。
あー、しかし途中でゾロがコックさんのことを何もかも分かったような立ち位置になってきちゃったので、「あ、この人たち『未満』じゃないな?」(なぜ疑問形)と思ったりしたら、つい最後があのようなことに。
止まりませんでした・・・・・・・・・・・ゾロが(笑)
いつかこの人たちの馴れ初めを書きたいです。
ちょっとした会話を楽しんでるみたいな、剣士とコックさん。
二人きりのときなら、こんなふうになんでもない会話とかしてたらいいな、とか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未満・・・でもないかも(笑)
『color』
「うーーーーん、悩むなあ。」
もう何度目かの台詞を呟きながら、サンジは真剣にテーブルの上に広げた物を見続けていた。
テーブルを挟んだ向かい側にはゾロが座っている。
「うーん、やっぱりこっちかなあ。」
『決めようかな』、と言いながら、全く決まらないその繰り返しに、ゾロはサンジが休憩に入る前に用意してくれた茶を飲みながら気長に付き合っている。
付き合っている、と言ったところで特に助言をしてやるわけでも相槌を打ってやるわけでもない。
ただ、サンジが茶をいれたからと呼びに来たので示されるままにラウンジに入ってテーブルに着いたら、その向かいに座ったサンジがなにやら雑誌を広げて読み始めたというだけのことだ。
ちらりと広げられた紙面を見れば、なにやらカラフルなものが載ったページだ。
そのほとんどがゾロには使い道すら想像が付かないものばかりだが、サンジはさっきから真剣に何かを悩んでいるらしい。
「ん~~・・・・・・・・・、なあ。」
一人で悩むのにも飽きたのか、とうとうサンジが無言のまま湯飲みを抱えているゾロに声を掛けてきた。
「なんだ。」
「なあ、てめぇならどう思う?」
「だから何が。」
「どっちの色がいいと思う?」
「・・・・・・・・・・・色?」
サンジがゾロのほうへと雑誌を押しやってくる。
テーブルの上を渡ってきたそれに視線を向けたゾロに、サンジも雑誌と一緒に身を乗り出すようにして紙面の一部を指差してみせた。
「これさあ、全部で5色もあるんだよ。決めらんねぇ・・・。」
どこか途方にくれたようなサンジの様子にゾロは思わず笑いそうになって、あわてて口元を引き締める。
「・・・・・・・・・エプロン?」
「そ。どの色かなあ・・・。」
「・・・・・・・・・なんで選んでんだ。」
『買うのか』と聞いたゾロに、サンジがふるふると首を振る。
ゾロの顔のすぐ目の前で金の髪がさらりと揺れながら、窓越しの午後の日差しに光った。
一緒になって紙面を覗き込んでいたせいで、思っていた以上に接近していた自分たちの距離に気がついて、ゾロは思わず身を引きそうになる。
しかし、どこかでそれをもったいないと感じる自分に気がついて、ゾロはその場に留まった。
「買わないのに、何選んでんだ。」
「・・・・・・・・・・・ナミさんとロビンちゃんが。」
「あ?あいつらがどうした。」
『お二人をあいつらとか言うな』と戒めの一言を口にしてから、サンジは言いにくそうに口ごもる。
その様子にゾロは興味を引かれて、さらに先を促した。
ちょっと迷うように間をおいて、サンジがらしくないほど小さな声でようやく話し出す。
「ナミさんとロビンちゃんが、プレゼントしてくれるって・・・」
「プレゼント?」
ゾロが首をかしげる。
なんだって今頃。
こいつの誕生日は先月頭にとっくに終わってるし、誕生日プレゼントもそれぞれからもらっていたはずだ。
しかもナミからのそれは物でもなんでもなく、「次の島で一緒にカフェでお茶をしてあげる」とかいう、プレゼントなのかどうかも分からないようなモノだった。
まあ、言葉通りにそれからすぐに立ち寄った島でナミと出かけたサンジが、それはそれは嬉しそうにしていたから、まあプレゼントと言えるのかもしれないが。
そんなことを思い出しながら、ゾロはサンジの言葉の続きを待った。
「お二人で俺にエプロン買ってくれるって言うんだよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「で、好きな色選べって・・・・・。」
『選べないよ~』と泣き言を言うサンジに、ゾロはさらに首を傾げそうになりながら問い返した。
「なんで選べないんだ。好きな色選べばいいだろ。」
「だって!」
何をそんなに?と不思議に思うゾロに、サンジは思いのほか真剣な顔を向けてきた。
ちょっと驚いて黙ったゾロに、サンジが言い募る。
「お二人が俺に選べって言うんだぞ!ナミさんのイメージならこの太陽みたいなオレンジだし、ロビンちゃんならこっちのオトナっぽいシックな黒だろう!」
『ああ、選べねぇっ!』と髪をかきむしりそうな勢いで悩んでいるサンジを、ゾロは呆れた顔も隠せずに見ていた。
アホだアホだ、と思ってはいたが、ここまでアホだとは。
呆れて思わずもれたゾロのため息を聞きとがめたのか、サンジがムッとした顔でゾロを見返してくる。
「なんだよ!俺の悩みも知らないで!!」
『いや知ってるけどよ』という突っ込みは心の中だけにしておいて、ゾロは言葉を返した。
「好きな色を選べって言われたんだろ。じゃあ、好きな色にしたらいいじゃねえか。」
「だから悩んでるんじゃないか!お二人のどちらかなんて俺には選べない!」
だからナミかロビンかを選べなんて誰も言ってねぇ。
ゾロの的確な突っ込みはまたしても心の中だけで。
「てめぇが本当に好きな色に決めたほうが、あいつらもきっと嬉しいぞ。」
「・・・・・・・・・・・・嬉しい?」
「そうだろ。てめぇに選べって言ってきたんだから、そうしたほうが言ってきたあいつらも嬉しいだろうが。」
「・・・・・・・・・・・・そうかな?」
「ああ。」
確信もなく言い切るゾロの言葉に、サンジはちょっと迷うように言葉を切って、しかしすぐに「決めた」と呟いた。
「そうだよな。お二人が嬉しいって思ってくれたらそれが一番だよな。」
「おう。」
二人に伝えてくるとサンジが立ちあがった。
雑誌をテーブルに置いたままラウンジを出て行こうとする後姿に、ゾロはふと気がついて声を掛けた。
「おい。」
「あ?」
「で、何色にするんだ。」
ゾロの質問に、サンジが戸口で立ち止まって、振り返りざまに口元になんとも言えない笑みを浮かべたまま振り返った。
「4番。」
「は?」
それだけ答えて、サンジはラウンジを出て行った。
残されたゾロは、再び雑誌に視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・・・・あのやろ・・・・・。」
サンジの言う『4番』を確認して、ゾロは思わず眉をひそめた。
「してやった」とか思ってんじゃねぇだろうなあのアホコックが、と内心でムッとしながら雑誌を閉じようと手にとって、ゾロは初めてそのページの見出しに気がついた。
思わず笑い出しそうになって、口元が緩む。
サンジが悩んでいたエプロンと並んでゾロには用途の分からない雑貨がたくさん掲載されたそのページのタイトルは、『お母さんありがとう、母の日の贈り物特集♪』、だった。
まあ、この船の料理をはじめとする「家庭環境」のすべてを担っているのがサンジなのだとすれば、あながち間違いでもないが。
-----------------------------あのアホコック、気がついてんのか?
笑いながらそんなことを思って、ゾロは雑誌を閉じてテーブルに放り出した。
サンジが選んだ『4番』の色のエプロンが届いたのはそれから3週間後のこと。
その若草色のエプロンは、サンジの金の髪と白いシャツによく映えてとっても似合っていると、麦わらのクルー達は心から思ったという。
END
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「母の日商戦」が始まったものですからつい・・・(笑)
『おやすみ。』
「ん~・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・大丈夫か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だいじょ・・・・ぶ・・・・・」
「・・・・・・・・・じゃなさそうだな、そりゃ。」
「や、だいじょぶ、だって・・・」
「どこがだよ。」
「ん~・・・・・・・・・・、だいじょぶだって・・・・・」
「いいから、じっとしてろ。」
「でも、かたづけ・・・・・」
「んなもん、明日にしろ。」
「・・・・・・・・けどよう・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・わかった、片付ける。」
「えぇ・・っ・・・・・・・おまえがぁ・・・?・・・・・・・・・だいじょぶかあ・・・?・・・」
「今のお前がやる程度には片付けられると思うぞ。」
「・・・・・・・・・・・そっかなあ・・・」
「いいから待ってろ。グラスくらい、洗える。」
「ん~・・・・・・、でも、さあ・・・・」
「待ってろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「片付け終わったら、運んでやるから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・待ってる。」
「おう。」
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疲れてるのに、つい飲みすぎちゃうのは、安心してるから、だと思うのです。
しまった。
ゾロスキーなので、つい眠い自分自身がコックさんに投影されてるかも!(笑)
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『距離。 -後編-』
「サンジくん。」
突然名を呼ばれて、サンジは慌てて視線を巡らせた。
いつの間にかすぐ隣にナミの姿があった。
レディの気配にまったく気が付かないなんて!と、内心で自分自身を叱咤しながら、サンジはナミに向かって笑顔で答える。
「どうかした?ナミさん。あ、喉でも渇いた?」
しかしサンジの言葉に、ナミはにこっと笑ってみせると、片手に持っていたグラスを顔の横に掲げる。
「あ・・・・・・・・・・・・。」
「ごめんね?冷蔵庫のアイスティー、勝手に飲んじゃった。」
「あ、いえいえ、いいんだけど・・・・・。」
言ってくれたらちゃんとお持ちしたのに・・・とちょっと眉尻を下げるサンジに、ナミは『くす』と笑い声を立てる。
「だってサンジくん、夢中みたいだったから。」
「夢中・・・・・・・・・・・。」
「うん。夢中で見てるみたいだったから。」
『あれ』と、ナミの細くてしなやかな指先がひらりとサンジの視界を横切って、甲板を指し示す。
その綺麗な指の先は、しっかりとゾロの姿を指していて、さらにサンジは落ち込みそうになる。
その情けないサンジの表情に、ナミは首をかしげるようにして彼を覗き込んだ。
「ゾロがどうかしたの?」
「そんな・・・・・。ゾロを見てたわけじゃ・・・・・。」
「違うの?」
「・・・・・・・・・・・・いえ、違いません・・・・・。」
なんだか否定しきれないまま、サンジはちょっと困惑したまま『えへへ』と苦笑いしてナミを見た。
ナミはそんなサンジを面白そうな顔で見ている。
「で、ゾロがなんなの?」
「なにっていうか・・・・・・・・・・。」
言葉を捜してちょっと口ごもりながらサンジは視線を再び甲板へと向けた。
チョッパーとウソップのフランキー観察はさらに盛り上がっている様子で、大笑いする三人の声がサニー号に響き渡っている。
そして、ゾロはやっぱりそのそばに座り込んだまま笑って彼らを見ている。
「なにしてんの、あいつら。」
呆れたようなナミの声に、サンジも笑った。
「フランキーのどこが強いのかって、盛り上がってるみたいだよ。」
「どこって、改造した場所がどこなのかってことかしらね。」
「うん、チョッパーが触ってみたいって言って。」
そこまで説明して、サンジは「あ。そうか」と内心でぽんっと手を打った。
フランキーの「強さ」の話になる前は、ゾロの話をしていたんだった。
どうしたらゾロみたいに強くなれるのか、だったか。
いや、鍛えた結果がちゃんと出るのがすごいとかって話だった?
それで、フランキーの「強い身体」に触っていいかって話になって、でも触ったら音が「コツン」とかって響いて、それはおかしいだろって思って・・・・・。
「サンジくん?」
ゾロがどんなに鍛えてても、そんな音したりしないだろうなあって思ったのだ。
「ねえ、ナミさん。」
「なあに?」
「人間の筋肉って、どこまで堅くなんのかなあ?」
「・・・・・・・・・・・・・・はあ?」
ナミの心底馬鹿にしたような声に、サンジははっと我に返った。
慌てて顔をナミに向けなおすと、ナミは声と同じようにあきれ返ったという顔つきでサンジを見ている。
「ええっと、あのね、ナミさん」
「ゾロのことなのね?」
「え?えっと、うん、そうなんだけど、さっきチョッパーが・・・・・・」
思わずしどろもどろになりながらも、サンジは必死にここまでの甲板のやり取りをナミに説明して聞かせた。
ナミは笑い出しそうな目元をしたまま、じっと黙って聞いている・・・・・・・・・・・・というより、サンジを見ている。
「・・・・・・・・・・・・で、その、音がして。」
「コツンって?」
「そう、それで、いくらあの筋肉マリモでも『コツン』ってことはないだろうなあとかって思って。」
「まあそれはそうでしょうね。」
「でしょ?」
「あの鍛錬バカだって、人間でしょうからね。」
「・・・・・・・・・・・ナミさん、フランキーだって人間だと思うけど?」
おもわず混ぜっ返したサンジの言葉に、ちょっと顔を見合わせてから二人はそろって吹き出した。
「あはは。それはそうだわ。あれだって人間よねえ。」
「たぶん、まだ、人間だと思うよ。」
「まだ、なの?」
「うん、だってメシ食うしね?」
「あはははは。そこが基準なの!」
サンジの言葉にひとしきり笑った後で、ナミは笑いすぎて浮かんだ目元の涙を指先で拭いながら思わぬことを口にした。
「そうよ、ご飯よ。サンジくん。」
「え??
「ゾロがバカが付くくらい鍛錬して、それで結果が出てるとしたら、それって鍛えてるからってだけじゃないでしょ。」
「ナミさん?」
言葉の意味が分からず、サンジは困惑してナミの言葉の続きを待った。
ナミの笑顔がちょっと優しくなって、サンジを見返している。
「どんなに鍛えたって、それだけじゃ何にもならないわ。チョッパーたちは『結果が出てるのがすごい』って言ったんでしょ?」
「うん・・・・・」
「鍛えた結果がちゃんと出てるって、それって鍛えた分だけゾロの身体がちゃんと出来上がってるってことなんじゃないのかしら。」
「・・・・・・・・・・・・・・あ、」
「そうよ。きちんと鍛えた分に必要なだけきちんとした食事して。それがあいつの身体に結果として出てるって事なんじゃない?」
ナミの指摘に、サンジは驚いて言葉も出なかった。
ゾロの「結果」に自分の作った食事が関係している?
そりゃ、自分はこの船の食事のすべてを管理するものとして最善を尽くしていると誰に対しても胸を張って言える。
プロのコックとしてそれだけのことをしているという自負もある。
けれどそれが、大剣豪を目指して日々のほとんどを鍛錬に費やしているようなゾロの強さを作り上げるのにそんなに意味があると言えるほどのことなのかは考えたこともなかった。
ただ自分は、「人は食べなければ生きていけない」から、だから絶対に自分の前にいる者を飢えさせたりしないという信念に基づいて食事を作っているだけだったから。
「食事が・・・・・・・・・・」
「そうよ。サンジくん、いつもあたし達に言うじゃない?美容にはきちんとした食事が大切って。同じことじゃない、ゾロの身体にだってきちんとした食事が大切でしょ?」
「それは・・・・・・・・・・・そうなのかな?」
「そうよ。」
当たり前じゃない、とナミが笑った。
「あたしとロビンのお肌とか髪の美しさに食事が大切なら、あいつのあの筋肉作るのにだってちゃんとした食事は絶対に必要よ。」
「そっかなあ。」
半信半疑、というような返事をしながらも、サンジの内心はなんだか不思議な気持ちでいっぱいだった。
わくわくするような、どきどきするような。
言葉にたとえるなら・・・・・・・・・「嬉しい」?
「え~~~、そうかなあ?」
「そうよ。」
思わずへらりと笑ったサンジに、ナミも笑顔を返してくれる。
「え~、なんかすごいな。そっか、あのマリモの強さの一部は俺が作ってやってるんだ~。なんかびっくりだなあ。」
「何をいまさら。サンジくんが気づいてなかったことのほうがびっくりだわ、あたしは。」
思いがけない発見を喜ぶ子供のようになサンジの様子に、ナミは悪戯っぽい目をしてもう一度甲板を指差した。
「だから、あれに触りたかったら触ってみればいいわ。」
「え?」
「あの身体はサンジくんが作ってやってるんだから、触ってみたいなら触ってみたらいいって言ったのよ。サンジくんにはその権利があるって。」
「えええええ?」
さすがにそれはなんだか・・・と躊躇する様子を見せたサンジに、ナミはくすくすと笑って続ける。
「もしかしたら『コツン』とか音がしちゃうかもよ?」
「え~~?」
あはは、と二人でひとしきり笑ってから、ナミはひらりと手を振って身を返した。
「グラス、後で返すわね。」
「あ、取りに行きますよー。」
「じゃ、お願い。ロビンとパラソルにいるから。」
すたすたと歩いていくナミの美しい後姿を見送りながら、サンジはナミのあの美しさも自分の作った食事が作り出しているというのなら、彼女にもちょっとくらいなら触ってみてもいいってことなのかなあ、などと見当違いのことを考えたりした。
でもそれ以上にサンジの心の中は、ゾロの強さの一部は自分の与える食事によって作られているのだという発見によって埋めつくされている。
だってそれは、大剣豪を目指すというあいつの夢を作っているということにもなるのだと気が付いたから。
-----------------それってすごいなあ。
素直にただ「すごい」と思っていたのだ。
そしてサンジは、立ち去るナミが思っていたけれど口に出さなかった一言など思い知るはずもなく。
『ゾロはちゃんと分かってると思うけどね。』
その日、サンジは。
自身で思っていたよりもずっとゾロに近い場所に自分が存在していたのだと、初めて知ったのだった。
end
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ナミさんに指摘されるまで、まったく無自覚なコックさん。
こんな風に仲間たちをものすごく大切にしていて、
なのに自分だってちゃんと仲間から大切にされているというんだということに対しての自覚が足りない、みたいな、
そんな無自覚なかわいい人だといいなあ、と思います。
しかし、うちのコックさんは天然なんだなあと実感。
この続きを・・・・・・・・・・・・書くかも。
ちゃんと「触らせてあげたい」な、とか(笑)
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