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サンジのお手伝いをするチョッパーと、お手伝いをするらしい大剣豪?
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『 Almond. 』
「おい。」
そっけないほどの口調で声をかけられる。
誰を呼んだのか固体識別が出来るだけのなんの情報も含まないその呼びかけが、それでも自分に向けられたものだとサンジが分かってしまうのは、距離が近かったというだけのことだ。
そのときサンジは穏やかな日差しの降り注ぐ甲板の片隅に座り込んで、オヤツに使うためにナッツの殻を剥いているところだった。
傍らにはチョッパーが同じように床に座り込んで、時折じっとサンジの手元を見つめながら自分も同じように手を動かそうと必死になっている。
ときおりこんな風にしてチョッパーはサンジのすることを手伝いたがる。
それは豆の選別だとか野菜の皮むきだとかというような簡単な作業なのだけれども、蹄のついた小さな手先を器用に動かしてもろもろの手伝いをしながら他愛無い会話をサンジとするのが好きなのだそうだ。
今日も、昼食の片づけを終えたサンジが倉庫からオヤツに使う分量の殻つきのドライナッツを入れたボールを抱えて甲板に出てくると、その姿に気が付いたチョッパーはそれまで遊んでいたルフィたちのそばから離れてサンジへと寄ってきた。
「なにするんだ?」
「んー?オヤツにアーモンドのパイを焼こうと思ってな。」
前に立ち寄った島で、殻つきのままのアーモンドを安く纏め買いしてあったのだと話すと、チョッパーはちょっとそわそわした様子でサンジを見上げてくる。
「お手伝い」がしたいのだ。
それに気が付いてサンジが笑う。
「やってみるか?」
「おれにできるかな。」
「チョッパーは器用だからな。簡単だよ、こんなの。」
サンジの言葉に嬉しそうな顔になっていそいそと傍らに座り込んだチョッパーに、膝の上に抱え込んだボールの中からアーモンドを渡してやる。
「ひびが入った辺りから、ちょっと力を入れて割ればいいんだ。中のナッツは堅いから多少力入れたって大丈夫。」
サンジの説明に神妙な顔でうなずいて、チョッパーが殻つきアーモンドと格闘し始める。
力の要る作業でもないし繊細な手仕事というわけでもないが、丸みを帯びた殻はチョッパーの蹄では持ちづらいのか、ちょっと苦戦している。
真剣なその様子にサンジは笑みを浮かべて、自分も残りの作業を再開させていたのだが。
そこで呼ばれたわけである。
愛想の欠片もないような平坦なその声の主なんて、振り返らなくたって分かる。
なのでわざわざ振り向いてやることもせずに、サンジは気配だけで続きを促してやった。
二人が座っている辺りから少し離れたサンジの後方に立って、ゾロは二人の手仕事を眺めているようだ。
呼びかけの続きを無言で促すサンジの様子に気が付いたのか、ゾロが二人のほうへと近づいてきた。
ゾロはサンジの肩越しにその手元を覗き込むように身をかがめてきて、作業を続ける二人の手元に当たっていた日差しが少し遮られる。
「なんだ、それ。」
もちろん「それ」の先にあるのはサンジの膝の上のアーモンドだ。
見たこと無いわけがない、と思いながらもサンジが教えてやると、ゾロが「へぇ」とちょっと驚いたような感心したような声を上げた。
「殻付いてるとそんななんだな。」
「おう。なんだ、殻つきのアーモンドは始めて見るか?」
「ああ。酒場なんかで出てくるのはそんなじゃなくて・・・、たいていなんか塩とかで味付いてんだろ。」
「ツマミならそうだろうな。お菓子なんかだとチョコとか砂糖衣でコーティングされてたりしてレディたちが喜ぶんだよなあ。」
どこの誰とも知れないレディを思い浮かべて、サンジがへらっと相好を崩す。それはもうサンジのクセのようなものだ。
そんなサンジの様子を見たところでいまさらたいした反応も見せずに、ゾロはサンジが手にしているナッツが気になるらしい。
器用なコックの指先がカシンと音を立てて乾いた土のような色の堅そうな殻を剥くと、中からは見慣れた茶色い薄皮に包まれた状態のアーモンドが出てくる。
じっとそれを見ているゾロに気が付いて、サンジが首を回すようにして背後のゾロを見上げた。
「食ってみる?」
「食えるのか。」
「乾燥させてあるからな。ただ、素のままで塩味とかは付いてないぞ。」
サンジがアーモンドを一つ指先につまんで肩越しに差し出してやると、ゾロは上半身を折るようにして顔を近づけてきた。
ぱくり、とサンジの指からナッツを口中へと受け取る。
「どうだ?」
「ん・・・・・塩味とか付いてたほうが食いやすい気がするな。」
「だから言ったろ。」
「でもまあ、まずくはねぇ。」
「アーモンド本来の味だからな。栄養もある。でもあんまり素のまま食うもんじゃねぇよ。」
上体を起こして、カリカリとアーモンドを噛み砕くゾロに、サンジが呆れたように笑う。
その顔を見ながらあっという間にアーモンドを飲み下して、ゾロはもう一度「それ」とサンジの膝の上のボールを示す。
「あ?」
「何作るんだ。」
「ああ。オヤツにパイを焼こうと思って。」
パイとサンジが言うとゾロがちょっと顔をしかめた。
そういえば最近作ったパイ菓子といえば、たくさんのフルーツにカスタードクリームやチョコソースを合わせたようなしっかりと甘いものが多かったとサンジは思い出す。
ゾロは甘いものも食べるけれど、クリームとか甘いソースのようないつまでも口の中に甘いものを食べた余韻の残るような菓子は得意ではないのだ。
パイといえばそういう甘いものだと思い込んでいるようなその様子がおかしくて、サンジは破顔する。
「大丈夫。お前のはチーズとか使って甘くないのにしてやるよ。」
「・・・・・・・・・・・・できんのか。」
「お。なにお前、俺が作るって言ってんのに疑うのか。」
「そうじゃねえよ。でも、菓子なんだろ?」
ストレートなゾロの疑問にサンジは「バカだなあ」とさらに笑う。
「菓子ったって甘いばっかりじゃねえだろうが。煎餅だって菓子だぞ。」
「・・・・・そういやそうだな。」
そんな話をしながらもサンジの指先は動き続けている。
アーモンドの殻剥きもそろそろ終了だ。
最後の一つを剥き終わってカランとボールに落とすと、サンジは傍らに広げて殻を乗せていた新聞紙をまとめ始める。
それを手伝いながら、チョッパーがサンジを見上げた。
「なあ、サンジ。」
「ん?」
「俺も一個食べてみていい?」
ゾロが素のままアーモンドを食べたのがうらやましかったらしい。
殻剥きを手伝いながらもツマミ食いくらいするチャンスはいくらでもあったはずなのに、そうせずに手伝い終わってからきちんと許可を取ってくるところが本当に素直ないい子(?)だと、サンジは感動する。
「おう。チョッパーなら木の実のままの味も分かるかもしれないな。」
そう答えてやってサンジはボールの中からアーモンドを一つつまみ出すとチョッパーの口へとひょいっと放り込んでやった。
しばらくもぐもぐと咀嚼していたチョッパーは、ふいに「エッエッ」と笑い出した。
「ん?」
「なんか懐かしい味だ。」
「そうか?」
「うん。森ん中で食べてた木の実とかと同じ味がする。でもあれはこんなに香ばしくなかったし、カリカリしてなくて食べにくかったかなあ。」
森の中、というのはトナカイとして森で生活していたころのことだろう、そう察してゾロは思わず眉を寄せる。
チョッパーと麦わらの一味が出会うことになった雪深いあの国で、ゾロはルフィやサンジとは別行動を取っていたから、チョッパーのここまでの越し方などをあまり詳しくはしらない。
本人が時折こうして何かの折に話すのを聞く程度だ。
だがいい思い出ばかりの地ではなかったのだということも少しは分かっている。
もしも素のまま齧ったあの小さな木の実がその記憶を呼び覚ますようなものであったなら、そんな想いが一瞬頭をよぎったのだ。
「ああ。そりゃ、まったくの生の木の実ならそうだろうよ。」
サンジがさらりと言葉を続ける。
「木の実はうまく食ってもらうために存在してるわけじゃないからな。本来は『種』なんだから。」
「そっか。そうだな。」
「でも、俺の手にかかれば、うまくて食べやすいおやつに大変身だ。」
にっかりとチョッパーに笑いかけて、サンジはチョッパーの帽子をぽんぽんと撫でるように優しく叩いた。
「お手伝いサンキュー。特別にチョッパーには甘いパイと大剣豪用のチーズ味と、両方用意してやるからな。」
楽しみにしてろ、と笑う。
「本当か?!ありがとう、サンジ!」
「おう。あとはいいから、みんなで遊んでていいぞ。」
「うん、ありがとうサンジ!俺、楽しみにしてる!」
チョッパーがルフィたちの声のする逆サイドの甲板へと駆けていく。
それを見送ってサンジはシャツのポケットから煙草を取りだして一本咥えた。
火をつけようと片手でライターをいじりながら、もう片手でアーモンドの入ったボールを抱えて甲板から立ち上がろうとする。
少し不安定なその姿勢に何を思ったのか、ゾロが手を伸ばしてサンジの手からボールを取り上げた。
「あ、サンキュ。」
自由になった両手で煙草に火をつけて、サンジはのんびりとした風情で煙草を吸った。
その様子を見ながら、傍らでゾロがちょっと笑みを浮かべた。
苦笑したようにも見えるその珍しい笑い方に、サンジが驚いたように目を見張る。
「なんだよ、どうした?」
「いや・・・・・・・・。」
「・・・・・んだよ。」
苦笑したまま答えようとしないゾロに、サンジは不満そうとも不審そうとも取れる表情になる。
まるで拗ねたようなその顔を見ながら、ゾロはいろいろ浮かんだ言葉の中から最初に浮かんだ言葉を口にした。
「お前は、甘やかすのがうまいな。」
「は?」
「チョッパーに、素のままの木の実なんか食わしちまって悪かった。」
ゾロが食べてみたいなどと言い出さなければ、チョッパーだって食材の味見など言い出さなかっただろう、と思ったのだ。
ルフィはともかくとして、チョッパーや他の仲間たちはサンジの手にした食材がこれから極上の料理へと変化することを楽しみにしているから滅多にツマミ食いなどしたがらない。
さっきチョッパーが森で食べていた木の実の話をしたとき、サンジが一瞬眉を寄せたのが傍らにいたゾロには分かった。
食べるものを扱うことに自身のほとんど全てをかけているといっていいこの料理人が、食材の持つ味や匂いが食べる側にとって密接に記憶に結びついていることをどれだけ重要に考えているかゾロは知っている。
味だけでなく、「食べる」という行為そのものがどんなに日々を生きていくうえで大切なことであるのかということも。
朝昼晩と、皆で食卓を囲む。
そんな当たり前の日常の一動作にしか過ぎない食事のシーンを、このコックがどれだけ大切に作り出しているのか、ゾロは近頃になってようやく分かることが出来たのだ。
だから、そんなサンジにとっては、自分の手元にあった食材でチョッパーが辛い記憶を呼び覚ましてしまうようなことは絶対に避けたかったはずだと、ゾロは苦いものを噛んでしまったかのような思いを感じていたのだけれど。
そんなゾロの顔を見ていたサンジは何を思ったのか、不意に片手をあげるとゾロのほうへと差し伸べた。
ぽんぽんと、手のひらでゾロの緑の髪を叩く。
先ほどチョッパーにしてやっていたようなその仕草をまさか自分に向けられるとは思っていなかったゾロが、ぽかんと口を開けたまま固まる。
唖然としたそのゾロの顔を見て、サンジが「あはは」と声を出して笑った。
「バカだね、お前。」
ふうっと煙を吐き出して、サンジは笑った。
「あいつは大丈夫。そんなやわじゃねぇだろ。」
『俺たちの仲間だぜ?』と言葉を続けてから、サンジはもう一度ゾロの頭をぽんっと叩いてから手を離した。
「さ、おやつ作るかあ。楽しみにしてるって言われちゃったしなあ。」
そのままゾロの脇を通り過ぎてラウンジへと足を向ける。
少し歩いた先で肩越しに振り返ると、サンジは煙草を咥えたままの口元を笑いの形に作ってゾロを見た。
「お前もさ、お手伝いしてくれちゃったりしたら、もっと甘やかしてやんよ?」
悪戯をたくらむ子供のような顔で笑って、サンジは促すように手をひらりと振ってラウンジへと入っていった。
しばらくその後姿を見送って立ち尽くしていたゾロは、サンジの姿が扉のうちへと消えたのを見て、ようやく自分がからかわれたのだと悟って「ふん」と息を付いた。
「・・・・・・・・・・甘やかしてもらおうじゃねぇか。」
上等だ、と小さく口の中で付け加えて、ゾロは抱えたままだったアーモンドのボールを持ってラウンジへと歩き出した。
甘やかしてもらうためにはまずは「お手伝い」をしなくてはならないのだ。
ゾロが何を手伝ったのかは誰も知らないが、その日のおやつ2種は今までのサンジの作ってくれていたおやつと比べて、格段に甘くて格段に香ばしかったとか。
END
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殻つきのアーモンドを見つけて、ついはしゃいでしまったのは私自身です(笑)