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『暖かな。』
「何飲んでんの?」
「・・・・・・・・・・・・茶、だ。」
「ふうん。」
夏島が近い海域での航海が続くサニー号。
その昼下がりの甲板で思い思いの場所にいるクルーたちの下に、サンジは必ず一度は飲みものを届けに回ってくれるようになった。
天気のいい日はみんな好きな場所で好きなように午後のひと時を楽しむことが多いから、
夢中になりすぎて強い日差しにも気がつかず、水分不足になりかねないことを心配してのデリバリーだ。
定位置のパラソルの下にいたナミとロビンの元には、今日は少し甘みをつけた冷たいハーブティーが届けられていた。
ルフィやチョッパーたち年少組みは、甲板の先で何がおかしかったのか大笑いしながら、なにかフルーツのジュースのようなものを飲んでいた。
フランキーの姿は見えなかったが、彼は冷たいコーラを貰ったことだろうし、ブルックは紅茶かコーヒーか。
そして、空になったグラスを手にラウンジに向かおうとしたナミは、その途中で船内への扉の脇に座り込んだゾロが、自分たちの誰とも違う変わった容器を手にしているのに気がついたのだ。
「なに、それ。」
「湯呑み、だ。」
「ゆのみ?お湯飲むの?」
「いや、茶を飲むための容器だ。まあ、湯も飲むかもしれないけどな。」
「ふうん・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・俺の故郷のものだ。」
「お茶も?」
「ああ。緑茶って言って・・・・・」
説明を続けていたゾロが、両手に包み込むようにしていたその湯飲みから、ようやく顔を上げてナミを見た。
今までずっとゾロの視線は、その手の中の容器とお茶に向けられたままだったのだ。
「飲んでみるか?」
「え?いいの?」
「・・・・・・・・・・・・・・一口だけならな。」
自分から「飲むか」と聞いておきながら、ナミが飲みたそうな返事を返したとたんゾロが渋い顔になったのを見て、ナミは必死に笑いを堪える。
大切そうに抱えこんだ「湯呑み」と「緑茶」を、本当は誰にも渡したくないし分けたくないというのが見え見えの態度だ。
「じゃあ、一口もらってみようかなあ。」
「・・・・・・・・・おう。」
渋々といった表現そのままの様子で、ゾロは手にしていた湯飲みをナミに差し出した。
ナミは自分が持っていたハーブティーの入っていたからのグラスをゾロに渡して、代わりにその湯飲みを受け取る。
手にしてみると、それはとてもしっかりとした陶器だった。
ナミの手には少し大きいくらいのその湯飲みは、少しざらりとした手触りの粗い土で作られていて、表面には薄い緑と白を混ぜたようなガラス質の釉薬がかかっている。
ナミやロビンが紅茶を飲むときに使われるような薄手の磁器とはまったく質の違うその器は、なんだかとてもゾロに似合う気がして、ナミはちょっと面白くないような気持ちになった。
きっと、ゾロのために、彼が見つけて選んできたものなのだろう、と一目で分かる。
厚みのある土の肌越しに、中のお茶の熱がほんのりと伝わってくるような気がして、ナミも湯飲みをきゅっと手の中に包み込んだ。
ゾロがあんなふうに大切に両手に包むように持っていたことが、なんとなく分かるような気がした。
そっと口をつけると、いつも口にしている紅茶やハーブティーとは違う、柔らかな香りが漂ってきた。
熱すぎない、でもぬるくも無い、ほっと安心できるようなそんな温度のお茶だった。
緑のお茶というよりは、うすい黄緑色のような淡い色。
甘いような渋いような、不思議な味のお茶だ、とナミは思った。
こんなお茶。
人よりは色々な海域を旅してきたナミだって、飲んだことは無かった。
サンジくんだってきっと知らなかっただろう。
ゾロに出会ったから知ったお茶を、ゾロのために、用意したのだ。
こんな「湯呑み」まであつらえて。
「・・・・・・・・・・どうだ?」
「うん、不思議な味ね。」
『不思議』と言われたのが不服なのか、ゾロが眉を寄せてナミを見上げている。
「これって、こういう味で正しいの?」
「ああ。すごく・・・・・・・・・・おいしく煎れられてる。これはこういう茶なんだ。」
「ふうん。」
サンジくんだってきっと、飲んだこと無かっただろうゾロの故郷のお茶。
さあ返せ、と言わんばかりの顔でゾロはナミに向かって手を差し出した。
それをちらりと見て、ナミの中にちょっとした悪戯心がわきあがる。
「そっか。おいしいんだ。」
しかも『すごく』おいしいらしい。
「おい・・・・・・・・・・」
返せ、と催促するようにさし伸ばされた手から離れるように、ナミはゾロに向かい合って立っていた身体をくるりと返すと、湯飲みに口をつけてそのままくいっと傾けた。
「おい・・・・・・・・っ!」
半分ほど残っていたお茶をこっくんと飲み干して、ナミは驚いたような顔をしているゾロに向かってにっこりと笑った。
「うん、おいしいわね。」
「てめ・・・・・っ」
「熱すぎなくて、飲みやすいし。」
「返せって、言っただろ・・・・・・・・っ!」
一息で飲めちゃった、と笑うナミに、ゾロがちょっと声を荒げる。
かちゃり、とラウンジの扉が中から開いた。
「どうかした?ナミさん。・・・・・・・・・・・・ゾロ?」
言い合う声が聞こえたのか、サンジが顔をのぞかせる。
そこに立っていたナミと、扉脇に座り込んだままのゾロを、不思議そうに見比べている。
そんなサンジに向かって、ナミはにっこりと笑って手にしていたゾロの湯飲みを差し出した。
「ゾロがお茶のおかわりが欲しいんだって。」
「え?」
ゾロの湯飲みをナミから手渡されたサンジは、ちょっと困惑したようにナミを見てから、足元に座ったゾロへと視線を向けた。
「・・・・・・・・・・・・・飲む?」
「・・・・・・・・・・・・・おう。」
「分かった。ちょっと待ってろ。」
そういって、サンジはゾロの湯飲みを手にラウンジへと戻って行きかけて、はっと気がついたようにナミを振り返った。
「ナミさんは?ハーブティーのおかわりはいかがです?」
「ううん、私はもう十分。」
にっこりと笑いながら、ナミはゾロが持ったままだった空のグラスをその手から奪い取って、サンジへと渡した。
「ご馳走様、サンジくん。」
「いいえ、どういたしまして。」
嬉しそうに答えて、サンジは湯飲みとグラスを手にしてラウンジへと入って行く。
その後姿に、ナミは声を掛けた。
「サンジくん、すごくおいしいお茶、煎れてあげてね。」
「・・・・・・・・・・・・・もちろんですよ、ナミさん。」
返事の前にちょっとの間があったけれど、それでもサンジの声は機嫌よさそうに笑っていた。
「もちろん、だって。良かったわね、ゾロ。」
ナミの声に、ゾロは黙ったままラウンジの壁にもたれて目を閉じた。
温かなお茶がゾロの元に届く前に退散してあげるのが仲間の優しさってものかもね、とナミはひらりと手を振って、パラソルの下へと戻ることにした。
温かなお茶を暖かな心の彼が持ってくるまで、もう少しかかるだろうか。
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おいしいお茶を煎れるのは、
言葉で言う以上に大変な心配りが必要なのですよ、というお話・・・?