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恋バナ 後編です。

サンジが語っています。
ナミさん、我慢強いなあ・・・とか(笑)。

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「心のカタチ」  後編

 

 「ねえ、じゃあ、嫌いなところとかってないの? 」

 ナミはふと思いつくままに浮かんだ疑問をサンジに向けてみた。
 サンジはちょっと驚いたように、くるりと目を見開く。
 だからいちいち可愛いのがちょっとむかつくわね・・・と思いながらナミはじっとサンジを見つめ返した。
 あんまり幸せそうにあいつのことを語るサンジに対して、ほんのちょっとのイジワルのつもりだった。

 「嫌いなところ?」
 「そう。こういうところがやだなとか、こんなところはムカツク・・・とか?」

 どんなに好きだといったところで所詮は他人同士なのだし、「完璧な理想の相手」なんてあるわけないのだろうし。
 ましてやサンジとゾロだ。
 会話よりも喧嘩してる時間のほうが長いくらいの関係なのだから、きっと相手を好きだと思うのと同じくらい不満に思ったりすることだってあるんじゃないのかしら。
 ナミとしてはそんなところも聞いてみたくて口にした質問だったのだが。

 しかし、サンジの答えはナミの想像なんてはるかに超えたものだった。

 


 ちょっと間をおいた後、サンジは口を開いた。

 開いたかと思うと、その口から流れてきたのはものすごい言葉の嵐だった。
 それもナミの思い浮かべていた以上の量の・・・・・・・・・・・・・・・・・・ゾロへの悪口雑言。


 「だいたいさ、なんだってあいつはあんなにいちいち何もかも自分中心なんだろうってほんとムカつくんだけどね!」

 から始まったサンジの『ゾロ観』は本当に留まることの無い勢いでつづけられた。

 
 いつ見たって鍛錬してるか寝腐ってるかだし、メシだってさ、おれがこの船に乗り込んでから一日二日しか経ってないわけじゃないんだから朝は何時くらいには朝飯って呼ばれるとか、そろそろ昼飯だとかもう夕飯なんじゃないかとか分かってたっていいはずなのに、あのヤロウは時間通りに自分からラウンジに来るなんて絶対無くて、来るとしたら俺とか他の誰かが叩き起こしてやったかテメェが腹減ったとか喉乾いたとか思ったときでしかないし、マイペースとか言えば聞こえがいいけど、単に集団生活に合わせられないだけなんじゃねぇのかよそれって思うんだよ。
 あいつだってルフィにどんな誘われ方したんだか知らねぇけど、でも最終的にはテメェで決めて一緒に行くって決めたわけだろうに。
 なのにいつまでたっても、たった一人で生活してるみたいな顔してやがって。
 テメェの野望とやらのためにだけ毎日の時間を使ってればいいみたいな態度のときが多くて、本当にそこはいつかきっちりと言ってやりたいっていうか、いや言ってやるべきだろとか本気で思ってんだ、俺は!

 
 「てめぇは仲間をなんだと思ってるんだって。仲間と共に行くっていうことを決めた自分自身の決断をちゃんと分かってるのかよって。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 一息に言い募って、サンジはふう、と肩で息を付くようにすると、いつの間にかテーブル越しにナミのほうに乗り出していた身体を椅子の背に預けるように脱力して見せた。
 思ってもみなかったサンジの新たな『告白』に、ナミはそれこそ驚いて言葉も見つけられずにぽかんとした顔でサンジを見ているしかできなかった。

 さっきまではあんなにも「大好きだ」と連呼していたその口から同じ人物について語っていたとは到底思えないほどの不満の数々。
 まあナミだって「不満のひとつくらいあるでしょ?」とか言う程度に想像して向けてみた話題だったのだが、まさかここまでとは。
 
 だってもしかしたら。


 「・・・・・・・・・・・嫌いなとこなんてひとつも無い、とか言うんじゃないかと思ってたわ・・・。」

 さっきまでの嬉しそうで楽しそうなサンジの様子を見ていたらそのくらいのノロケを聞かされたって当然くらいに思っていたのだ。
 
 思わず呟いたナミに、サンジはそれまでの様子とは違った感じの笑みを浮かべて見せた。

 「そんなこと。」

 笑いを含ませた口調で答えて、サンジはにこりとナミに笑いかけた。

 「あるわけないよ。」
 「・・・・・・・・・・そういうものなの・・・?」

 なんだか分からなくなって言葉もうまく見つからないようなナミにサンジは笑ったまま一つうなずいて見せた。

 「だってそうだよ。他人、なんだから。」
 
 何もかも全部が好きだなんて、そんなことあるわけない。


 そんな容赦の無いことを、いっそきっぱりと切り捨てているかのように言い切って見せるサンジに、なんだかナミの方が胸の辺りが締め付けられたような気持ちになってしまった。
 そのナミの表情に何かを感じたのか、サンジがちょっと困ったような笑顔になる。

 「あ、ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」
 「えーと、びっくりって言うか・・・・・・。」

 ナミの心に浮かんでいたのはナミ自身にも説明の付かないなんだか微妙な気持ちだったので、うまく言い表すことが出来ないまま、ナミは言いよどんだ。
 言葉を濁して口をつぐんだナミの様子に、サンジが困ったように笑ったままもう一度「ごめんね」と言う。

 「ううん、別にサンジくんが謝ることないわ。私から聞いたんだもの。」

 でもどこか釈然としない気持ちのまま、ナミは心の中で「うーん」と唸った。


 『どんなに好きでも結局は他人なんだから。』
 そんな言葉は確かによく聞く台詞のようにも思うけれど、でもさっきまであんなに幸せそうにゾロのこと話していたサンジくんでもそんな風に思ってたりするんだ。
 そう思うと、なんだか寂しい気がしたのだ。


 「好きなばっかりじゃないのね。」

 そんな風にしか言葉にすることが出来なかったけれど、それでもなにか言いたくて、ナミはぽつりと呟いた。
 すると、とたんにサンジが驚いたような顔になる。

 「え?そんなことないよ?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 一瞬ナミが自分の言った言葉の何を否定されたのかもよく分からなくなるほどのあっけらかんとした言い方で、サンジは彼のほうがびっくりしたとでも言いたそうな声を上げた。
 そしてそのままあっさりと言葉を続ける。

 「好きだよ、っていうか、好きなばっかりだよ、俺はあいつのこと。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」

 いよいよ訳が分からなくなって思わずイラついたような声を上げたナミに、サンジが慌てた様子で手を振ってみせる。

 「あ、ごめんね。分かんないことばっかり言ってるよね、オレ。」
 そのとおりだと言い返したくなる気持ちを抑えて、ナミはサンジの言葉の続きを待った。
 
 「あのね。俺はさ、あいつ見ててむかつくことだとかイライラすることだとか本当にいっぱいあるよ。ほとんど毎日って言っていいくらい、それこそ四六時中あいつのことで腹立ててんじゃないのかなってくらい。」

 ナミにもそれはわかる気がして思わずうなずいてしまった。
 だってこの二人ときたら、それが何かの日課なのかしらとナミたちが呆れるくらい喧嘩ばかりしているのだ。
 そばで見ていたって、いったいなにが原因だったのかもわからないくらい些細なことを理由に。

 相槌を打つナミに笑いかけて、サンジは続ける。

 「あいつもさ、そんな俺に腹立ててるよねきっと。なんだこいつって。で喧嘩ばーっかりしてるわけだ。」

 そうね、と今度は口に出して賛同したナミに、サンジは「あはは」と朗らかに笑い声を立てた。

 「でもさ。喧嘩って、結局本当に仲悪かったり本気で嫌いなやつ相手にするもんじゃないなあって俺は思うんだ。」
 「・・・・・・・・・そう?」
 「うん。だって本気で嫌いな相手だったら話なんかしないだろうから喧嘩にもならないし、そもそもそんなやつが何してようが何考えてようが、どうでもいいって俺は思っちゃうだろうから。だからイライラもしないしむかつきもしないんだ、きっと。俺があいつにむかついたりケンカしかけちゃったりするのは、俺にとってはあいつがどうでもいいヤツなんかじゃなくて、すごくすごく意味がある相手だからなんだよ。」
 「そういうものかしら。」
 「まあ、俺の場合はね。違う人もそりゃいるだろうけど。」

 ナミはちょっと考える。

 確かに、サンジにはそういうところがあるかもしれない。
 誰にでも優しそうに見えて、でも敵とみなした相手に対しては戦うとなれば本当に容赦がない。
 それはサンジの中では、相対した存在に対してある種の「線引き」がはっきりしているからということだろう。
 それでも、相手がどう見ても敵だと言う存在であっても空腹を訴えられれば彼は食事を差し出すのだ。
 けれど、それはサンジの料理人としての信念の問題なのであって決して彼の『優しさ』ではないのだと、いつだったか誰かとそんな話をしたことをナミはふと思い出した。

 

 誰だったかしら?ルフィ・・・ではなかった。ウソップかロビン?

 

 「ナミさん?」

 少しの間黙り込んだナミに、サンジは気遣うように名を呼びかけてきた。
 心配そうな響きをその声に感じて、ナミはあわてて顔を上げてサンジを見る。

 「ああ、ごめんなさい。ちょっと考えこんじゃった。」
 「俺のほうこそ、こんな話面白くないよね。もうやめようか。」
 「ううん、そんなことないわ。興味・・・・・って言ったら失礼だろうけど、なんかもっと聞かせてほしい気がする。」
 
 話題の続きを促すナミに、サンジはちょっと間をおいてから笑って『そう?』と首をかしげた。
 
 そして、ナミの促すままにまた話し始める。

 
 「ねえ、ナミさん。俺、思うんだけどさ。」
 「うん。」
 「本気でケンカできるってすごいことなんだよ、実は。」

 なんだかものすごい秘密でも打ち明けるというような顔と声でサンジが言うから、思わずナミもじっと耳を澄ませるように言葉の続きを待ってしまう。

 「ケンカってさ。意志の疎通が量れてるからできることなんだよ。お互いに何を言っているか伝わっている同士にしか出来ないことなんだって、俺は思うんだ。」
 「・・・・・・・・・・・サンジくんとゾロって、意志の疎通が量れてないからケンカするんだと思ってたわ。」
 
 ナミが思わず正直に心のうちを呟くと、サンジはちょっと眉を下げるようにして「ごめんねー」と笑いながら答えた。

 「意志の疎通が量れない同士だったらさ、なんだムカツクヤロウだなって、それで終わっちゃうと思うんだ。けど、相手に自分が思っていることを何としても伝えたい、分かってもらいたいって気持ちがあると、そっからケンカになっちゃうんだよね。」
 「うーーーーん、まあ、そう言われれば・・・・・。」

 サンジの言いたいことはなんとなくナミにも伝わってきた。
 相手を思うからこその情熱ということか?
 だからといってあんなにいっつもいっつもケンカに明け暮れなくても、と思ってしまうのはナミだけではあるまい。

 「だけどさ。俺がどんなに自分のキモチをあいつに分かってほしくて色々言ったりアクション起こしたりしてても、あいつにそれに答えようとか反論しようとかいうキモチがまったく無かったとしたら、それってケンカにならないってことだよね。俺ばっかりぎゃんぎゃん騒いでてあのヤロウは華麗にスルー、とかってこともありえたわけなんだよ。」

 なるほど、そういう見方もあるのね。
 ナミはちょっと感心するような気持ちでサンジの言葉を聞いていた。

 「そりゃ、ケンカにならずにお互いの言いたいことが言えたらそれが一番いいんだろうってのは分かってるんだよ。けど、なんでかな。あいつが相手だと気が付くとケンカになっちゃうんだよね。」

 そういってサンジは自分自身の言葉に呆れたとでもいうような苦笑を浮かべた。
 でもその笑みはなんだかとても満たされているようにナミには感じられる。
 
 「たぶん、俺が原因なんだって分かってるんだけど。でも、どうしてもあいつが相手だと最初から全部、全力でいっちゃうっていうか、押さえが利かなくなってるんだ、俺。」

 『えへへー』とちょっと照れたように笑うサンジに、ナミは思わず目を丸くしてしまった。

 なんということを言うのか、この男は。
 自分がものすごいことを口にしていることに気が付いていないのか。
 
 しかしサンジは愕然とするナミの様子に気が付く風も無く言葉を続ける。

 「俺があいつに言ってることなんて、ホントは俺のわがままでしかないって分かってるんだ。メシの時間にちゃんと来いっていうのなんかだって、結局は自分の作ったものを早くあいつに食べて欲しいとかってキモチなわけだし。食事はみんなで揃ってするのが共同生活のルールだ、なんてもっともらしいこと言ってるように見せて、実は一番美味しい状態の料理をあいつにも食べて欲しいって、それだけなんだよ。」

 ふうっと、ため息と共に言い切って、サンジはへらりと表情を緩ませる。

 「俺は料理をすることに関しては絶対の自信があるからさ。あ、でもそれは俺の料理が世界中で一番うまいとかそういうことじゃないよ?そうじゃなくて、俺は今の自分にどんな料理がどれだけうまく作れるかっ

てちゃんとわかってる。今の自分の料理に何が足りないのか何をすればもっと腕を磨いていけるのか、毎日そればっかり考えてる。だからこそ、今の俺が作った料理がどんな風に食ってもらえたら一番うまいのか、ちゃんと分かってみんなの前に用意してるんだ。だから、あいつにもちゃんと俺の料理を一番うまい状態で食ってもらいたい。でもさ、それはあいつには関係ない俺の中でのこだわりなんであって、本当はあいつの毎日にはぜんぜん関係ないことだったりするんだ。」

 だけどねナミさん、とサンジはちょっと目元に真剣な色を乗せてナミを見つめてきた。

 「俺はさ。あいつの毎日があいつ自身の野望のために繋がってるって知ってるし、あいつのあの生き方もちゃんと認めてるんだ。ちゃんと叶えろよって思ってるし、あいつなら絶対叶えるだろうって信じてる。だからこそ、あいつにも俺の料理を、というか料理に対する気持ちとかを見てもらいたいんだ。料理人として生きていくっていうのが俺にとってはあいつが言うところの『野望』みたいなもんだから、ちゃんとそれに対して俺が真剣なんだってことを分かってもらいたいんだよ。」

 言いたかったことを全て口に出せたのか、サンジはどこかほっとしたような表情になった。
 そして無言のままサンジの言葉を聞いていたナミに向かって、にこりと微笑む。

 「でさ、あいつはけっこうそんな俺のココロのウチみたいなもんをちゃんと分かってくれちゃってたりするんだよ。」
 「え、そう?」
 「うん。だってあいつ、俺がメシだって蹴り起こしにいったとしてもさ、蹴ったことに対しては怒るけど飯を食えって言ったことに対しては絶対逆らわねぇんだもん。」
 「・・・・・・・・・・そういえば。」
 「ね?もし、あいつが本当に俺のこだわりなんてどうでもいいって思ってて、なにもかもテメェのやりたいようにするっていうようなゴーイングマイウェイなヤロウだったら、俺がメシの時間を勝手に決めてあいつのやりたいこと邪魔にしに来ること自体をおもしろくねぇって反論してくるんじゃないのかなって思うんだよ。」

 ナミはちょっと・・・・・というか、かなり驚いてサンジの話を聞いていた。
 こんな小さな船に乗って、こんなに密接した生活を送っているというのに、ナミはサンジとゾロのケンカをそんな風に捉えたことは一度もなかった。
 あの日常の決まりごとでもあるかのように繰り返される二人の小競り合いに、じつはそんな真剣なココロの向かい合いみたいなものが含まれていたなんて。
 
 いや、自分だけじゃなくて誰も気が付いていないだろうけれど。
 だいたいナミだって、サンジがこんなふうに真剣なキモチをあのゾロに向けていることにだって、まったく気が付いていなかったわけだし。

 まあ、真剣でまっすぐすぎた挙句、毎日のケンカに繋がっているというところはちょっとナミの理解の範疇を超えているのだけれど。
 
 「・・・・・・・・・・・ナミさん?」
 「うーん、なんとなく言いたいことは分かった気がする・・・けど。」
 「そう?」
 「でもやっぱりあたしには『男の子の恋心』は分かんないわ。」 

 わざと難しい顔をして唸るようにそう言ったナミに、サンジは笑う。

 「いいんだよ。ナミさんは女の子なんだから。もっとかわいい恋愛してよ。ね?」
 「かわいい、ねえ・・・・・。」
 「うん。女の子には女の子にしか出来ない恋愛があるよ、きっと。」


 そして、とんっと軽い音を立ててテーブルに手を突くと、ナミと向かい合わせに座っていた位置から立ち上がる。
 見上げるナミに、またにこりと笑いかけてから、サンジはキッチンへと足を向けた。

 「何かお飲み物でも用意しましょう、レディ。暖かいものがいいかな。」
 
 いつもの楽しげな調子のその提案に、ナミも笑ってうなずいた。

 「そうね、ありがとう。でも、できれば冷たいワインとか飲みたいなあ。」
 「これは失礼いたしました。すぐにご用意いたしましょう。」

 うやうやしく頭を下げて、サンジはキッチンに立つ。
 冷蔵庫を開けていくつかのものを取り出して調理台に向かう。


 
 水を流す音。
 包丁の軽やかな音。
 食器や調理器具を扱う時の、硬質な物の立てる小さな音。
 それらのすべてがサンジの流れるような動きの一つ一つから生まれてくる。

 きれいだな、とナミは思った。
 キッチンは彼の領域だ。
 その彼の場所でくるりくるりと流れるような動きをするサンジは本当に美しいとナミは純粋にそう思った。
 そしてその彼の美しく無駄のない動きから作り出される料理の数々は、美味しいという以上のものにあふれていて。
 仲間たちに対する限りない愛情と優しさ。
 手渡され供される皿に満ち溢れるものは彼の料理人としての信念だけではなく、きっとサンジの優しさそのものだろう。
 そしてそれは仲間たちを生かし喜ばせ幸せにする。
 それは、ただ同じ船に乗り合わせたという、ただそれだけでその恩恵を享受していることが申し訳ないと思えるほどの幸福感だ。

 
 そしてそんなことはナミだけじゃなくて、この船の仲間たちみんながちゃんと分かっていることなのだろう。
 ただどんな風に気が付いているのか、そのカタチの違いだけなのだ。
 ゾロの中にだって、きっとちゃんとサンジから与えられるものがちゃんとカタチになっているはずだ。

 もしかしたらそのカタチは、ナミたち「仲間」とは違う意味を持っていたりするのかもしれない。
 だってこんなにまっすぐで真剣な気持ちを、毎日毎日あれだけ全力でぶつけられていて何も感じないなんてそんなことできるわけが無いとナミは思う。
 人の気持ちに無頓着なように見えて、ゾロは案外と周りを見ている。
 剣士としての特性みたいなものかもしれないけれど、きちんと自分の目で見て状況を把握しようとするような冷静な部分が誰よりもしっかりしていると思うのだ。
 だからきっと、ゾロはサンジが自分に対してとってくる態度が他のクルーたちに対してのそれとは微妙に違うことにちゃんと気が付いているのだろう。
 
 その違いが何なのかまでは気が付いていないのだとしても。
 サンジから自分に向けられるものは適当に受け流していいのではないのだということにはちゃんと気が付いている。
 そして、真剣に向き合うべきだと気が付いているのだろう。


 あ、とナミは心のなかで声を上げた。
 さっき思い出したサンジの料理人としての信念と彼自身の優しさが別のものなのだと言う話をした相手が誰だったかを思い出したのだ。

 なんだ、アイツもちゃんとわかってるんじゃない。
 ナミは思わず笑みを浮かべてキッチンに立つサンジを見つめた。
 良かったね、サンジくん。

 
 
 サンジくんが今夜みたいに幸せな顔のままで笑っていられたらいい、とナミは心から思った。
 幸せな彼はきっと、そのキモチそのままの料理を作って、仲間たちをそれ以上に幸せにしてくれることだろう。
 
 そしてナミたちが彼の料理と彼の優しさに包まれて幸せだと笑っていられたら、それはきっとそのまま彼を幸せに出来るだろうから。

 そのためだったら、こんな風にたまには二人きりでサンジの「恋バナ」に付き合ってあげてもいい。
 恋をして浮かれている人の話なんて聞いてられるものじゃない馬鹿馬鹿しいだけの話だと今までのナミはちょっと思っていたのだけれど、でも幸せそうなサンジの様子はなんだかナミの心までもふわふわと暖かい何かで満たしてくれるようだったから。

 それはきっとナミが、この「恋バナ」の当事者二人を大好きだと思っているからだろう。
 大好きな二人が、ただ仲が悪いという理由だけでケンカしているのではないと分かっただけでも、今夜はすごく楽しかったし嬉しかった。

 

 ああ、でも明日からケンカしてるところを見る目が変わっちゃうかもねえ。

 

 そしてそんなキモチで二人のケンカを眺めているのはきっと自分だけなのだということがナミの中でちょっとしたくすぐったさを生み出す。
 やっぱり他人の「恋バナ」なんて、ちょっと距離を置いてみているのが一番楽しいのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら頬杖を付いていたナミの前に、サンジがワイングラスと綺麗に彩られたオードブルのようなおつまみの皿を置いてくれる。
 自分の分のグラスも用意してもう一度ナミの向かいに座ったサンジと冷えたワインの注がれたグラスをちょこんと合わせて、ナミは窓の外の風音に少しの間、耳を澄ませた。

 

 風の音が穏やかになっている。
 明日はきっと晴れるだろう。
 
                                                                                                                END
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恋愛が色々なことに立ち向かうパワーになるタイプの人ってうらやましいなあ、とか思います。

私はそういうタイプの人ではないようなので、余計にいいなあって思うのかもしれません。

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