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とにかく「恋をしていて幸せな人」を書きたくて書きました。
そして思いがけず長くなってしまっています。
なので、前編と後編に分けさせていただきました。
ほのぼの、といえなくもないかな。
後編も近日更新します。
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「心のカタチ」 前編
風が強い。
今日は朝から雲の多い空模様で日中は雨もぱらついたりしているし、波も高くて船をぐらぐらと揺すったかと思うと次の瞬間には突然のように凪いだりして、船もクルーもなんだか落ち着かないまま過ごすことになった。
グランドラインは本当に気まぐれな海だ。
それでも外敵から襲われることはなく、そういう意味では平和な一日だったといえるかもしれない。
夕食を終えたクルーたちはそれぞれの部屋や見張り台へと散っていく。
サンジはラウンジに残って食事の片付けと明日の仕込みを続けていた。
夜半から急に風が強くなってきた。
なのに波はあまり荒れていない。
海の上を吹き荒れる風が、がたがたと船室の窓を鳴らすばかりだ。
夜空をこれだけの勢いで吹き渡り触れるものすべてを揺らしていくのに、海には触れない。そんな風が存在するものなのか、とこうして目の当たりにしても不思議に思う。
『グランドラインだから。』
麦わらの船長に言わせるなら、グランドライン特有の「不思議天気」というところだろうか。
この海に漕ぎ出してから次々と船を襲う不可思議な現象を、そんな言葉で片付けられるものなのかと呆れる気持ちもある。
その一方で、ああそうかと納得している自分もどこかにあって。
グランドラインだからこれでいいのだと、悩むことは何もないのだと片付けてしまっていいのだと安心してみたりもしていて。
サンジはもともと物事を複雑に考えるのが得意ではない。というか、色々悩んだりするのが好きではないのだ。
楽天家というわけではないと自分では思っている。
はっきりと白黒つけすぎるわけでもない。
ただ、自分に正直にありたい、と心に決めているのだ。
たぶんそれは、あの海の孤島を生きて出ることが出来たときに心に芽生えた思いだ。
それは、まだ小さなサンジの中に根付いた、小さな、けれど確固たる信念。
『後悔したくない』
そんな子供じみたようにも聞こえる単純なほど率直なその思いは、今のサンジを形作る根底にしっかりと存在している。
だって、今この瞬間の次の一瞬にはもしかしたら、後で悔やんだり反省したりなんてそんな悠長なことを言っていられなくなるのかもしれないのだ。
あの子供のころから比べたら少しは大人になったサンジ自身には、それがちょっとした強迫観念のようなものだということも分かっている。
だからといって、この生き方を変えようとも思わない。
自分は自分の気持ちに正直に生きていこうと心に誓って、ここまで生きてきたのだ。
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「なるほどねぇ。」
ナミがしみじみという口調でため息交じりの声を吐き出した。
夜半のラウンジには、ようやく水仕事を終えたサンジと、風の動きが気になって眠れずに起きだして来たナミの二人きりだ。
昼間ならともかく夜も遅いこんな時間では、なかなか珍しい取り合わせといえる。
というのは女性陣を前にハイテンションになったサンジの美辞麗句のオンパレードは、夜も遅い時間にたった一人で面と向かって受け続けるにはかなりの忍耐力が必要で、ナミもロビンも夜半のラウンジでサンジと二人きりになったりしないように気をつけていたりするから。
もちろんサンジに悪気がないことはナミもロビンもよく分かっている。
彼が自分たちを心のそこから大切に思っていてくれることも重々承知だ。
それでも、感情に素直すぎて黙っていることの出来ないサンジの言葉の嵐は時にナミをイライラさせることもあって、でも優しすぎるコックさんを怒鳴りつけたりしたくない(度が過ぎるときは殴り飛ばすこともあるけれど)ナミは、自分の調子が今ひとつと感じられるときには自分からそういう場面を避けるようにしてきた。
もちろん、本当にナミやロビンの調子が悪かったりするようなときには、サンジはクルーの誰よりも早くそれに気が付いてくれて、ごく自然にナミたちの負担にならないようなテンションで接してくれたりするのだ。
そういうときのサンジの態度は本当に優しさにあふれていて、ナミはそのサンジの向けてくれる優しさは大好きだったりするのだが。
今日は日中から読めない天候に振り回され続けて、ナミはくたくただった。
こんな時刻に起き出したりする気になったのも、疲れすぎて眠れないというのもあったのかもしれない。
ただ、もしかしたらと思って部屋を出ると、思ったとおりラウンジには小さく明かりが灯っていて、ナミはちょっとほっとしてそのままここに足を向けたのだ。
こんなすっきりしない気分の時にはサンジくんに思いっきり褒めてもらうのもいいかもしれない、そんなことを内心思いながら。
けれどラウンジに来てしばらくたった今、二人の会話の方向はナミの思った方向からは大きく逸れ始めていた。
確かに、サンジは思いっきり褒めている。
褒めているというか、どれだけ自分が相手のことを好きなのかを考え考えという様子ながら、それでも途切れることなく話し続けているのだ。
美辞麗句、とはちょっと違うが、心のこもった相手への言葉の数々がサンジの口から楽しげに語られている。
たしかにナミの意図していたとおりと言えなくもない。
ただ、問題なのはその言葉の向けられている「相手」だ。
どこからこんな話になったのか。
今となってはナミにも判然としないが、しかしついつい話し込んでしまったのはナミも女の子だということだろう。
こんなふうな「恋の話」につい夢中になってしまうのはやはり若い年頃の女子なら当然というもので、その話が自分自身には何の影響もなく、しかも話題の相手が自分のよく知っている相手だったりすれば、ついつい興味津々で話に乗り気になってしまうのも仕方ないといえるだろう。
だいたい、このサニー号の中でまさか「恋バナ」が出来るなんて思いもしなかったナミなのだ。
自分以外にこの船にいる女性はロビンだけで、しかもそのロビンはナミよりもずっと年上だということもあるのだろうけれど、なによりその身を取り巻いていた環境のせいもあってか浮ついたところがほとんど感じられない。
そして彼女自身がどうやら他愛もない世間話というものを何より苦手にしているようなところがあって、ナミとしてはそんなロビンを少しばかり複雑な思いを抱えつつ見守っているというのが現状で。
まさかそんな彼女と「好みのタイプ」だとか「これまでの恋愛遍歴」なんて会話ができるわけもない。
そんな単純な話なんかよりもロビンとは他にたくさんの話したいことがあったりもするから、ナミとしてはまったく問題ないのだけれども。
しかし、たまには年相応の「女の子」な会話をしてみたくなったりすることもある。
ごくたまに大して興味も益もないような若い女の子向けの雑誌なんかを買ってしまったりするのはたぶんそのせいだと、ナミも自分で気がついていた。
でもまさかこんな近くで恋愛ごとに盛り上がっている存在がいようとは、さすがのナミもまったく気がついていなかった。
恋愛、というよりも、恋心を募らせているというほうがぴったりかもしれない。
話の感じからするとどうやら「片思い」のようだし。
「で、どこがいいの?」
「えー、どこって言われても。」
「・・・・・全部、とかって言う答えはやめてね、寒いから。」
先手を打ったナミの一言にサンジは『え~そんなあ~~』などと困ったような顔になった。
どうやら『全部』と言いたかったらしい。
えーと、そうだなあ、などどぶつぶつ呟きながら中空を見つめるサンジはそれでもとても楽しそうで、ナミもつられて笑顔になるしかないくらいだ。
そうか、そんなに好きなんだ。
しかし、ほほえましく感じたのも一瞬で、その相手の顔がふと脳裏をよぎったナミは「うー」と思わず眉を寄せた。
だってサンジが先刻から「恋する相手」として語っているのはあのゾロなのだ。
イーストの魔獣で元海賊狩りで懸賞金だって近頃うなぎのぼりの、今は同じ船に乗り込んでいる仲間の一人『三刀流のロロノア・ゾロ』だ。
もちろんナミだってゾロのことは好きだ。
ともに航海するようになって仲間として月日を過ごすうち、いろんな噂や世評なんてちっとも当てはまらない、等身大のゾロを知ったからこそそう思うのだ。
ゾロと仲間になれたことを、そしてゾロに仲間だと認めてもらえているだろう自分を、ちょっと誇らしく思ったりする程度には。
けれど『恋の相手』とするのにはどうなんだろう、とナミは心の中でうなった。
だって剣の道を究めることしか頭に無いようなあんな男に恋したところで、寂しいのは自分じゃないのか。
恋をするからにはやっぱり、ちょっとウザイと思うくらいイチャイチャしたりされたりしてみたいとかナミだって思う。
けれど、どう考えてみたところであのゾロが日々の鍛錬と恋人の存在を量りにかけて愛しい人のほうを選ぶ、なんてありえないとしか思えないわけで。
そこまで一瞬の間に思考を詰めて、ナミは今度こそ声に出して「うーん」と唸ってしまった。
「ナミさん? 」
ナミのうなり声に、テーブル越しのサンジが心配そうに首をかしげて覗き込んで来る。
その眉を寄せた顔を「ちょっとかわいい」とか思ってしまったことは綺麗に押し隠して、ナミはひらひらと手を振って見せた。
「ああ、なんでもないわ。で、どこが好きなの?」
「えー。どこって・・・・・。」
再度のナミの問いかけに、今度はサンジが「うーん」と小さく唸った。
ナミから視線をはずして、何も無いラウンジの宙を睨むようにして言葉を捜している。
左手の指先に挟んだ煙草は火を付けないまま忘れられているようだ。
あんなにヘビースモーカーのくせして、サンジくんのなかでは『煙草>ゾロ』なんだ。
そんなところもかわいいなあ、とまるで年下の兄弟か何かに対して思うような気持ちになって、ナミは笑った。
その笑顔に気が付いたサンジも、また笑顔になった。
サンジは喜怒哀楽の表現がはっきりしている、とナミはふと思った。
ルフィやウソップ、チョッパーも感情表現ははっきりしていると思うけれど、サンジのそれは年少組のそれとはまたちょっと違うのね、とナミは気がついた。
ルフィたちの場合、喜怒哀楽がはっきりしているのは、ただ考えなしに気持ちの赴くままに話したり動いたりしているだけなのだ。
でもサンジの場合は違う。
ちゃんと、見ている相手にどう伝わっているかを考えた上での感情表現なのだ。
「ねえ、ナミさん。」
「なに?」
サンジが笑い顔のまま口を開いた。
ナミも笑顔で答える。
うん、楽しい。
大切な誰かを思って笑顔で話す人を、こんな風に笑顔で見守っていられるってすごく楽しくて幸せなことなんだ。
そんな想いをこめて、ナミはにっこりとサンジに笑顔を返した。
「俺さ、本当にあいつのこと、好き・・・・・なんだ。」
笑顔のまま、サンジは言葉を続けた。
「なにがとかどこがとか、そんなこと思う前に・・・・・『好きだなあ』って気が付いたんだ。だから、なんていうのかな、どこが好きなのかって聞かれても、うまく答えられないっていうか・・・・・。」
言葉をつむぎながら、サンジが右手でクシャリと自分の前髪をかき上げた。
考え考え話している様子が子供みたいで本当にかわいい。
と、ナミは心の底から思った。
自分よりも年上の、しかも男性相手に思い浮かべる形容詞ではないかもしれないけれど、でもナミの目から見て今目の前にいて恋する人について語るサンジは本気で『かわいい』。
そんな風にサンジを見ていたせいなのか、ナミの頭には「サンジとゾロは男同士なのに」とかいうような、基本的な疑問はまったく浮かんでこなかった。
ただただ、誰かを好きになるっていうのはこんなにも『可愛い』ことなんだ、と思っただけだ。
どこか恥ずかしいような、でも聞いているこちらまで心の中が暖かくなるような、そんな気持ち。
それでも、『何かを好きだと思うのは人間のプラス思考の最たるものなのかも』なんて冷静に分析してみたりしちゃうのは、ナミがきっとまだ本気の恋をしたことが無いからなのだろう。
他人の「恋バナ」なんて、こんな風にちょっと茶化したりするくらいでないととても聞いてられないものだということも、ナミにとっては初めて知ることだった。