『おかえり』
がたん、と音がして玄関のドアが開け閉めされたのが分かった。
程なくしてリビングのドアが開く。
開閉のその一瞬だけで玄関前の冷たい空気がさあっと流れ込んできて、せっかく温まっていた室内の温度が少し下がってしまう。
「・・・・・・・・・・さみぃだろ」
サンジは座っていたパソコンデスクの前からくるりと椅子を回して帰ってきたゾロのほうを振り返った。
コートを脱いでソファの背にかけるその姿に思わず眉が寄る。
「お?・・・・・ああ、悪かった。」
あっさりと謝って寄越すゾロに、サンジはさらに不機嫌そうに口を尖らせた。
室内の温度が下がった、そのことが不満なのではないのだ。
しかしゾロはそんなサンジの様子に気がつきもせず、エアコンのリモコンを手に取ると温度調節などを試みている。
ぴっ、と音がして、程なくふあっと暖かい風がサンジのほうへと流れてきた。
ゾロがサンジのほうへと温風が流れるようにエアコンを調節したらしい。
そうじゃねぇだろ!
がたん、とサンジがちょっと乱暴な勢いで椅子を立ち上がった。
スーツのジャケットも脱ごうとしていたその腕をぐっと脇から掴む。
「ん?」と顔を回してサンジのほうを見たゾロの身体にサンジは両腕を差し伸べた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・どうした?」
あやすようなその声がさらにむかつく、と心の中で思いながら、サンジはゾロの背中に回した腕にぎゅうっと力をこめた。
寒空の下を歩いてきたせいでゾロのシャツからもひんやりとした冷気が感じられるようだ。
しばらく無言でそのままゾロを抱きしめたまでいると、ゆっくりとゾロの腕もサンジの肩を抱きこむように回されてきた。
「どうした?」
「・・・・・・・・・・・どうした、じゃねえ」
不機嫌さを隠しもしない声でサンジが答えると、ゾロが喉の奥でちょっと笑った。
「ほんとどうしたんだ?ちょっと遅くなるって連絡入れただろ」
「ちげぇよ。そんなじゃないってんだ」
じゃあなんだ、と笑いを含んだような声で言うから、サンジは顔を上げることもできなくなった。
きっと「拗ねてる」とか思われてるに違いない。そんな風に自分のことを思って、きっとわがままな子供でも見るような目で自分を見ているに違いないのだ。
それが手に取るように伝わってくるから、サンジはゾロから顔を隠すように抱きついた姿勢のままぐりぐりとゾロの胸元に額をこすり付けた。
「じゃあなんだ」
「・・・・・・・なんで歩いて帰ってくんだよ」
「あ?」
「駅着いたら連絡しろって言ったろ」
「ああ・・・。いや、いくらなんでも自分ちに帰ってくる道くらいもう覚えたぞ」
「そうじゃねぇ」
『ああもう』と呟いて、サンジはもう一度ぎゅうっとゾロに抱きつく腕に力をこめた。
「迎えに行くって言っただろ」
「いやだから」
「車で迎えに行くつもりだったんだよ」
サンジの言葉に、ゾロが一拍置いてから『ああ』と答えて寄越した。
「寒い中、歩いて帰ってくんな」
「ああ・・・。そうだな。悪かった」
「・・・・・・・・・寒かったのはお前だろ。俺に謝るな」
まだ拗ねたような口調を止められないサンジに、ゾロがちょっと笑ったような気配が抱きついた身体越しに伝わってくる。
「ああ、寒かったな」
「だから迎え待ってりゃ・・・」
「寒かったから、駅前で待ってるより早く帰ってきたかったんだよ」
早くお前が待ってる家に帰りたかった。
そんな甘やかす様なことをゾロが言って寄越すから、サンジもいつまでも拗ねたままではいられなくなる。
もう一度ぎゅっと腕に力をこめてから、サンジはようやく顔を上げてゾロを見た。
「・・・・・・・・・・おかえり」
「おう、ただいま」
顔を上げたせいで少し離れた身体を、今度はゾロの両腕がぎゅうっと力をこめて繋ぎ止めた。
いつの間にか、ゾロの身体もサンジと同じだけ暖かくなっている。
---------------------------------------------------------------
うぎゃーーーーーーーーーー。
自分で書いておいて良くわかんない。
すみません。
会話のごく一部(あくまでもごく一部!)のみ、我が家でのオットと私の会話でした。
いやいや、こんな甘々じゃないよ!!
『真夜中の』
「月蝕なんだって」
聞きなれないけれど覚えはあるその単語に、サンジはちょっと間を空けて「うん」とか「ああ」の中間みたいな返事を返した。
どこで仕入れてきたというのか、ゾロはどこか得意げな様子で説明を始めている。
「・・・・・・・で、11時過ぎに完全に影に入るって」
『11時過ぎ』と聞いて、サンジがちょっと眉をしかめる。
子供は寝る時間だ。
そう、いつものお小言が口をついて出そうになったその気配を察したのか、ゾロはそのサンジの声を制するように向かい合わせに座ったダイニングテーブルの上に額をつける勢いでがばっと頭を下げた。
「頼む!」
「えー・・・・・・・・・・・だけど、11時過ぎってお前なあ・・・」
「別に『遊んで夜更かし』じゃねえっ!先生だって、せっかくだし見られる人は見てみろって!」
「ナミさんがぁ・・・?」
「あいつは・・・・・・・・・・ナミセンセイは空のこととか詳しいから、色々言ってた。」
「ああ、そうだろうなあ。」
本来なら小学校の教師ではなく、天文とか気象とかそういう分野の専門家になっててもおかしくないらしいといううわさのゾロの担任である美人で朗らかな若き女性教諭のことを思い出しながら、サンジがふうと息をつく。
その道の専門家である彼女としては、せっかくの機会だから子供達にもぜひ経験してもらいたい天体ショーなのだろう。
けれど、その『子供』の保護者もどきを自認しているサンジとしては、まだ小学校4年生のゾロに23時過ぎまで起きていていいというのはなかなか認めにくいことでもあって。
いろんなことを経験するのはそれはそれで大切なことだということももちろん分かるけれど。
でもやはり子供には規則正しく身体に良い生活環境を・・・・・・とか、共に暮らす年長者としてサンジは悩む。
サンジのその様子に、これはもう一押し、とさすがに年齢に関係ない深い付き合いの間柄から気がついたゾロが畳み掛けるように言い募った。
「今日は天気のいい夜になるだろうから、くっきり見えるだろうって。昨日から空気も澄んでるし、雲も多くないからって。そういう時の月蝕は月が太陽と地球に食われたときの色がぜんぜん違うんだって!」
月が。
太陽と地球に食われた、って。
あの美しい担任教師がいくら子供たちをいろんな意味で子ども扱いしない人だからって、そんな表現をしただろうか、とサンジはまたしてもちょっと悩む。
けれど、ゾロは一歩も引かないという様子で尚も渋るサンジに食い下がった。
「ちょっと見たら、すぐに寝る!」
「あー、でもなあ」
「明日の朝練も、ちゃんと自分で起きて行く!!」
「んー・・・」
いや、自分で選んで続けている剣道なのだから、学校が休みの日曜の朝練に自分で起き出して行くのって当たり前なんだけど。
そんな突込みを心に思い浮かべて「うーん」と唸ったまま首を傾げたサンジに、ゾロは奥の手ともいえる一言を繰り出した。
「お前の作ってくれた旨い朝飯も、ちゃんと全部食ってから行くから!」
・・・・・・・・・・・なんなの、その殺し文句。
「くそ、このチビマリモのクセに・・・・・。」
じわっと頬が熱くなるのを感じて、サンジは火をつけないまま唇の先で弄んでいた煙草のフィルターをぐっと歯先で噛み締めた。
最近、この子供はこんな風にサンジの心の中まであっさりと踏み込むような言葉を口にするようになった。
わかっててやってるのかとサンジが悩むくらいに、それは直球でサンジの心臓に突っ込んでくる。
まだまだ小学校のガキのクセに。
サンジよりも9歳も年下のクセに。
先が思いやられるって、こういうことなんじゃないの?と歯噛みしたくなる思いをやっとのことで抑えていたサンジに向かって、末恐ろしいお子様はこの夜最大のバクダンを投下して寄越した。
「お前と見たいんだ」
「・・・・・・・・・・は?」
「センセイが言ったんだ。『月って聞いて真っ先に頭に浮かんだ人と一緒に見られたら一番いい』ってよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「俺はお前が一番に浮かんだ」
「あっそ・・・・・」
「だから、一緒に見ようぜ」
いいだろう、と何の迷いも無い真っ直ぐな金色の目がサンジを捉える。
ナミさん・・・・・。
サンジの脳裏に、美しい顔で意味ありげに微笑むゾロの担任教師が浮かんだ。
なにもかも知られてしまっているようなこのいたたまれなさはなんだいったい。
「なあ、いいよな?」
うーうー唸っているサンジの様子に、さすがにちょっと不安そうな声になってゾロが言う。
ゾロにそんな声で意向を伺われてサンジがイヤと言えるわけが無い。
さすがにそこまでは分かられてしまってはいないのかと、ちょっとほっとしてサンジはふうっと息を付くと向かいの椅子に座って身を乗り出している子供を見つめた。
「・・・・・・・・・・お前にとって、俺は『月』なの・・・?」
呟くように問いかけたサンジに、ゾロはあっさりとうなずいた。
「おう。」
「・・・・・・・・・なんで」
「なんでって・・・・、月みたいだろ、おまえ」
「・・・・・・・・・だからどこがだよ」
「どこって・・・・・きらきらしてっし。くるくる形が変わるとことか・・・?」
『あっそ・・・』と呟いて、自分から話を向けておきながらあまりの恥ずかしさにそれこそ居たたまれなくなったサンジがその会話を打ち切ろうとしたのに、ゾロは『あ、』と何かを思い出したというように唐突に声を上げた。
「・・・・・・・・・・んだよ」
なんとなくイヤな予感がしつつもサンジが先を促す。
すると、ゾロはじっとサンジを見ながらはっきりと言ったのだった。
「俺は『太陽』か『地球』になる」
「・・・・・・・・・・・・・・は?!」
「ナミが教えてくれたんだ。俺がどうしたらいいのかって言ったら、『相手にとっての太陽か地球になれるくらいがんばれ』ってよ」
意味はよくわかんねーけど、とゾロは何の迷いも無い笑顔をにかっと浮かべてサンジを見た。
「意味はわかんなかったけどよ、俺もそれでいい気がすんだ」
ナミさんっ!
こんなお子様にいったい何を教えてくれちゃってんの?!
ってか、お前はナミさんにいったい何を相談してくれちゃってんだ!!!
「だから、俺はお前にとっての『太陽』か『地球』になるんだ。分かったか?」
わかんない、わかんないからっ!!
必死に心の中で叫ぶサンジにはお構いなく、やっぱり末恐ろしいお子様はがたんと椅子から立ち上がると、月蝕観測の準備をするといってダイニングを出て行った。
まだ起きてていいなんて一言もいってねーのに。
そんなことをぶつぶつと呟きながら、でもそんなことを言ったところで自分はきっとあのお子様と一緒に月蝕を見ちゃうんだろうなあとサンジは諦めにも似たため息を付いたのだった。
暖かいココアでもポットに作っておいてやろう、なんてことを考えながら時計を見る。
月蝕が始まるまで、あと2時間ちょっとだ。
-----------------------------------------------------------------------------------------
すみません、なんか月蝕を見ながら、
やっぱり離れた場所で月を見ていた大切な友達のツイートとか見てたら、
なんかいろいろ萌え萌えしちゃったので。
しかし、なんだこの設定・・・・・・。
突然沸いて出た設定なので、なんかいろいろ説明口調だし、その割りに説明足りないしで、すみませんがいっぱいです。
ほんとすみません。
また書く・・・・・かな、どうかな。
年下ゾロの天然猛アタックにグラグラしてる年上サンジが書きたかったんですー。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------
『True face 2』 *GL Department store シリーズ Vol.6
結局、デパートから駅の反対側にある待ち合わせの店に着くまでに、二人がデパートの従業員通用口を出てから30分ほどかかった。
ゾロ一人だったならそれくらいかかっても普通だとナミにもウソップにも納得されて終わりだっただろうが、今日はサンジが一緒だったために二人には不審そうに首を傾げられる始末だ。
「遅かったのね」と言うナミに、サンジは「ごめんね」と調子よく笑っているが、隣のゾロは苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔を隠そうともしていない。
「お店、わかりにくかった?」
「いやぁ、とんでもない。ナミさんがくれた地図ですぐにわかりましたよ。ありがとう。」
「・・・・・にしても時間かかったんじゃない?」
デパートを出るときに連絡を入れていたからナミの疑問もわかる。
ゆっくり歩いても10分とかからないような距離なのだ。
「ごめんね、お待たせしちゃって。」
「ううん、それはいいのよ。先に飲んでたし。」
確かにデパートを出るときにナミに電話をしたサンジは、その電話口で「先に飲んでてください」と言っていた。
そして当然のように、先に店に着いていたナミとウソップは飲み始めていたようだけれども。
「あ、お前たち何飲むよ?」
そんなナミとサンジのやり取りを脇で聞いていたウソップが、後から到着した二人へとドリンクメニューを差し出してくる。
ナミとウソップは既に生ビールのジョッキを半分ほど空けているところだ。
「あー、じゃあとりあえず俺も生かな。お前は?」
「・・・・・・・・・生でいい。」
「おう。」
サンジがゾロの分の注文も聞き取って店員に声をかけている。
なぜか仕切られている。その自覚はゾロにもちゃんとあった。
この店につくまでの道中(というほどの道のりではもちろんない)でも、会話も歩くペースすらも完全にサンジに主導権を握られていたように思う。
サンジが頭の回転が速いタイプなのだろうということは、たった二日間の知己であっても十二分に理解できていた。
しかし、そんなゾロにとってもこの居酒屋に着くまでの30分の道のりは理解しがたいものだったのだ。
というよりも、すでにこの店まで30分かかったこと事態が異常としか言いようが無いのだが、それは「天才的な迷子のプロ」(ウソップ談)のゾロからすれば時間が問題なのではない。
その迷子のプロであるゾロにとっても、職場であるデパートを出てからこの店に到着するまでの間のサンジの行動は謎というしかないものだった。
注文した生ビールがさほど待たずに4人の陣取った小上がりの席へと運ばれてくる。
ジョッキが置かれるのを待って、ウソップが場を仕切りなおすかのように、乾杯の音頭を取った。
お疲れ様、と互いの一日をねぎらいあいながらジョッキを合わせる。
こういう場での習い性としか言いようの無い乾杯をしながら、ゾロは隣に座った金髪をちらりと視界の隅に映した。
職場であるGL百貨店の職員通用口を連れ立って通り抜けたのは今から30分ほど前のことだった。
コックコートを脱いだサンジは薄い青色のワイシャツに、綿なのか麻なのか見た目だけでは分からない細かい織りの濃グレーの生地で仕立てられたスーツを着ていた。
青灰色のネクタイまできちんとしめて、いくらかカジュアルな色あわせではあるものの、まるで会社帰りのサラリーマンといった風だ。
確かにGL百貨店では、たとえ職種によっては制服が用意されていて店内の更衣室で着替えることになるとしても、通勤時の私服についてある程度気を使うようにという通達が出ている。
いわく、「社会人として常識の範囲内でおかしくないと思われる服装」をして通勤するようにというようなゆるいものだが。
だから、職場であるカフェではコックコートに着替えるサンジが、通勤のときの服装としてスーツを着ていてもおかしくない。どころかあのデパートで働くものの手本にでもなれそうな姿勢ではある。
しかし、そのサンジの格好を見たところでゾロに何の感慨が沸くわけもない。もともとがファッションになどとことん興味のないゾロだ。
今現在、仕事で服飾を扱っているとは言っても、それはたまたま就職先で配属が婦人服になってしまったというだけであって、自分の着るものにでさえほとんど好みだとかこだわりだとかがないゾロにとって、そのサンジのスーツ姿は特に何かを思わせるというほどのものでもなかった。 ただ、カフェのいるときとはかなり雰囲気が変わるものだな、と思った。
そして、白いコックコートを着ているほうがしっくりくるように感じた、それがサンジのその格好に対するゾロの感想の全てだ。
だが、他人にとってはそうではないらしいということにゾロが気が付くまで、そう長い時間はかからなかった。
デパートを出てから、サンジは駅に向かって歩き出しながら胸ポケットからナミに渡されていた地図を取り出してちょっとの間眺めた。
そしてすぐにまたポケットにしまう。
迷いのない足取りで駅のコンコースを抜けてデパートとは反対側の駅前繁華街へと向かう。
ゾロといえば、無言でその横に並んで歩くだけだ。
一瞬地図を眺めただけで大丈夫かと失礼にも不安に思いつつ、サンジの歩調に合わせて雑踏を通り抜けていく。
駅前の繁華街には飲み屋の類も多い。
チェーン店の居酒屋などの前では呼び込みのような声を張り上げている者の姿もたくさんある。
ゾロもサンジも行き先は決まっているから、もちろんそんな声に足を止める理由はないのだったが。
「あ、お兄さんたち!うちで飲んでいきませんか?!」
不意に脇から声をかけられる。まだ若い女性だ。女の子、というほうがしっくり来るような年だろう。大学生のアルバイトと言ったところか。
見るからに会社帰りという風情の二人連れが歩いていれば、それは声のひとつも掛けてくるだろう。
しかし自分たちはナミに誘われた店に向かっているのだからと、ゾロは無言で手の一つも振って通り過ぎようとした。
「ああ!お誘いありがとう、レディ。」
ゾロは思わずぽかんとして足を止めてしまった。
もちろんゾロよりも先にサンジの足は止まっている。
「こんなかわいいレディに声をかけてもらうなんて!きっと素敵なお店なんだろうなあ。」
声をかけてきた居酒屋の女子店員の方をしっかり向いて、今にも手でも握りそうな勢いだ。
にこにこと満面の笑みで反応するサンジに、声をかけてきた女子店員のほうが一瞬たじろいだようだったが、それでも仕事を思い出したのかにっこりと笑顔を浮かべた。
「いいお店ですよ!安いし店内も広いし・・・。ええと、お兄さん・・・たちは、会社帰り?」
「そう、仕事が終わったところですよ、レディ。」
「あの、じゃあ、ぜひうちで飲んでいきませんか?けっこう料理もおいしいって評判で・・・・・」
営業トークだろう台詞を続けていた店員の語尾が微妙に曖昧になって消えていくのに、ゾロは不思議に思ってやり取りを続けていた二人を交互に見比べた。
相変わらず満面の笑顔で女子店員を見つめているサンジに対して、居酒屋店員の方は気がつけば頬の辺りを赤く染めてうつむき加減になっている。
そのくせ、ちらちらと視線を上げ下げして目の前の男の笑顔を見たりしているのだ。
なんだ、これ。
ゾロはあっけにとられて言葉も出ずに二人を眺めた。
勧誘トークの止まってしまった店員の女の子に向かって立つサンジは、自分よりもずっと背の低い彼女の顔を覗き込むように首をかしげた。
「どうかしたのかな、レディ。」
「あ。いえ・・・・・・。」
それまでの威勢のいいくらいだった営業トークは鳴りを潜めてしまった彼女は、もう耳まで真っ赤になってそれでもじっとサンジを見ている。
サンジはそれに気がついているのかいないのか、ますます笑みを深くしている。
「どうしたの?」
どうしたじゃねぇだろ!!
ゾロは心の中で力いっぱい突っ込んだ。
どう見ても女子店員はサンジの笑顔に見惚れたのか何なのか、とにかく照れてるかなんかして言葉も出せずにもじもじしているのだ。
そういう異性の反応に驚くくらい鈍いと言われ続けてここまで生きてきたゾロにだって分かるくらい簡単な構図だ。
「・・・・・おい。」
ゾロはとりあえずこの場を離れるためにサンジに声をかけた。
「あ?」
気の抜けたようなぞんざいな返事を返されて、ゾロが思わず眉を寄せる。
なんだかわからないが、何かが気に障った。ような気がしたのだ。
自分でも良くわからなかったのでそれは頭の中でスルーして、ゾロはサンジを促す。
「ナミたちが待ってる。行くぞ。」
「ああ、そうだった。」
思い出した、というように表情を変えたサンジは、向き合っていた女子店員に心持ち眉を下げたような笑顔を見せた。
女子店員のほうはもう目をそらすこともせずにぼうっとした顔でサンジを見上げている。
「ごめんね、レディ。今日は先約があったんだ。せっかく誘ってくれたのに縁がなくて。」
いえそんな、とかなんとか口の中で呟いている店員にもう一度にっこり笑って、サンジはひらりと手を振って見せた。
「また機会があったらお会いしましょう、レディ。」
ひらひらと指先を動かして、サンジはするりと歩き出す。
なんなんだこいつ、と呆然としたゾロは一瞬歩き出すのが遅れる。
とたん、サンジが「おい」と不機嫌な声でゾロを呼んだ。
「おいてくぞ、迷子。」
「てめぇ・・・・・・・。」
「ほら、ナミさんをお待たせしちまうだろうが。」
お前が言うかその口で!と一瞬イラッとさせられたものの、なんだか勢いに飲まれたような気分でゾロはサンジの隣へと足を速めた。
なんだ、こいつは。
カフェにいた時とはまったく違うその行動と雰囲気に、ゾロはちょっと混乱して隣に立つ男をちらりと眺めた。
たまたまか。たまたまあの店員が好みのタイプだったとか、そういうことか。
それならばまあ分からなくもない・・・・・と言えなくもないか、とゾロは無理やり自分を納得させようとした。
そしてふと女子店員の反応を思いだす。あの店員にとってもこのコックは好みのタイプだったということだろうか。
まあ、整った顔だと言えなくもない、とコックの外見に対してゾロは心の中で感想を纏めてみる。
夜の繁華街のまぶしいくらいの照明の中で、サンジの金の髪がきらきらと光る。
そういや目が青かったな。
背は自分と変わらない。まあ長身といえるくらい。
長年続けている剣道のために筋肉のついた自分に比べたら細身だろうが、かといって脆弱な感じはしない。
大雑把に印象を纏めながら、あのくらいの女の子から見たら「かっこいい」と言われる範囲に入るんだろうか、確かにスーツの色合いもコイツの髪や目によくあっているみたいだし、とぼんやりと思いながら、でもなにか訳の分からない違和感のようなものに襲われそうになって、ゾロはむりやり思考を中断させる。
とにかく今はナミたちの待つ店に行かなくては。
ナミがうるさいからとか言うことだけでなく、ゾロは人を待たせるのが好きではなかった。
人としては当然の礼儀であるだろうが、幼いころから剣道を続けてきて礼儀作法には人一倍気を使うようになっているのだ。
それに、ゾロにとっては誠に心外ながら、今日はこのコックがいるから迷わずに着くと思われているだろう。
そんなことを考えて無言になっていたゾロの隣をサンジは火をつけていない煙草を咥えて歩いている。
スーツのスラックスのポケットに手を突っ込んで、いささか行儀の悪いような姿勢で。
その横顔がちょっと楽しそうに綻んでいるのに気がついて、ゾロはなんとなくサンジから目をそらした。
本当に良く笑う男だ。
そして、なんだかよく分からない男だ、とサンジの印象を結論付けようとしていたゾロは、数歩進んだ先でまたしても唖然とさせられることになったのだ。
思い返しても謎だった。
ゾロは無言で生ビールのジョッキを勢いよく傾けた。
「あら、いい飲みっぷりねー、相変わらず。」
お代わり頼むわよーというナミに「頼む」と答えて、ゾロはふうっと息をついた。
向かいに座ったサンジはといえばまだ最初のジョッキが半分も減っていない。あまり飲まないタイプなのか。
4人の囲んでいるテーブルの上にはナミとウソップが先に頼んでいたらしい料理がいくつか並んでいた。
刺身とか冷奴とか、つまみの定番といった感じのメニューだ。
そんな料理を前にウソップがこの店の説明をサンジに聞かせている。
「な、うまいだろ。」
「ああ、新鮮で言うことないなあ。」
「なー、そうだろ。俺はさ、あんま量飲めないから食い物もうまいこういう店だと嬉しいんだよー。」
「なに、お前あんまり飲めないの?もうジョッキ空けてるじゃねぇか。」
「やー、ビールくらいは飲めるけどよ。この二人には付き合えないって。」
そんなことを言って、ウソップはゾロとナミを指し示す。
首をかしげているサンジにウソップがわざとらしく声を潜めて内緒話のような体裁を取ってサンジに告げる。
「お前、絶対こいつらに飲み比べとか誘われても断れよ。カモにされんぞ。」
「えぇ?マジでか。」
「おう。いったい何人のか弱い一般人がこいつらに飲みつぶされて被害にあったことか。」
「ちょっとウソップ、丸聞こえよ。失礼ね。」
「ああ、ナミさんったらお酒も強いなんて、本当に何もかもが完璧な人だ。素敵だなあ。」
へらっとサンジが笑ってナミを見る。
その笑顔が、ゾロに嫌でもこの店までの道中をもう一度思い出させた。
この店に着くまでのたった数分のはずの道のりの間に、結局30分近くの時間がかかった。
もちろんゾロが道に迷ったわけではない。
サンジのせいだ。そうだ、なにもかも。
繁華街のメインストリートを歩いていたのだから、あの後も二人は何度も何度も色々な店の店員に声をかけられた。
その度にサンジは立ち止まって相手をするのだ。しかも女性限定で。
チェーン店のような居酒屋の店員が多いから、年齢は比較的若い。けれど他人の容姿にあまり興味のないゾロから見ても、彼女たちの容姿はまちまちだった。
なので、最初に声を掛けてきた店員がサンジの好みだったのか、というゾロの想像はあっさり覆された。
そして、お決まりの営業トークで二人の気を引こうとしてくる彼女たちは、二言三言サンジと会話をするうちに、もれなく真っ赤になってぼうっと彼に見蕩れることになっていた。
サンジの対応は最初の彼女のときとほとんど変わらないものだったが、第三者から見たらふざけているような言葉やテンションに見えて、しかしじっと相手の目を見てにこにこと笑うというのが気が付くと相手の女性店員の気持ちを惹き付けているものらしいと、最後のほうは半分あきらめて傍らでやり取りを見ていたゾロには想像できた。
だから無闇に笑うな、お前は。
何度その言葉がゾロの脳裏をよぎったことか。
結局それを口に出して言うことはなかったものの、ゾロが「ナミが待ってる」と言い、サンジが「縁が無くてごめんね」と彼女たちに告げるという、まるでなにか取り決めでもしていたのかと首をひねりたくなるような同じ展開を繰り返して、ゾロとサンジはようやくこの店に辿り着いたのだった。
謎だ、この男は。
ゾロはちらりと向かい側のサンジを見やった。
黙々と飲み続けているゾロを無視するように、三人は盛り上がって会話をしている。
会話の中心はナミだ。というか、ウソップがどんな話を振っても、サンジが全ての話をナミに振るのだ。
ナミと話がしたいということか。
かといってウソップを邪険に扱っているというわけでもない。
ナミは別に口の重いほうではないが、この年頃の女性としては自分中心に会話を進めたりしないタイプの人間だ。
と、職場のほかの人間を交えて飲みに言った後で他の同僚に言われてゾロは知ったのだが。
「あの年頃で自分に自信がある女の子なんて誰と一緒いたって自分の話ししかしないもんなのよ」とそのゾロたちよりも少し年上のベテラン女性社員が言っていたのを思い出す。
その社員はナミの機転の利く会話運びや、さりげなくその場の空気を読めるところを気に入っているらしかった。
今も、サンジが何かとナミに話しをさせようと言葉を向けるのに、そっけなくならない程度にサンジの言葉に答えて返しながらも、「三人の会話」に話の流れを戻している。
そしてサンジも会話を始めてすぐにナミのそういうところに気が付いたらしく、ちゃんと三人での会話を楽しんでいるようだった。
飲み続けるばかりのゾロは、あっという間に蚊帳の外だ。
けれど、ナミとウソップがまったくそれを気にしている様子ではないので、サンジも特に無理してゾロを会話に引き入れようとはしてこない。
そういうところを見ると、やはりこのコックは頭の回転が速いタイプなのだと、ゾロは改めて思った。
だからこそ、先ほどの通りすがりの女の子たちとのやり取りが腑に落ちなくて仕方ない。
なんなんだ。ただの女好きなのか。
そう思ったりもしたが、かといってサンジは相手の女の子たちがどんなにサンジの容姿にぼうっとなっている様子を見せても、たとえば名前を聞くだとか連絡先を渡そうだとかいうようなことは一切しなかった。
本当に女好きなのだったら、それくらいはしそうなものだ。
それに、あれだけ相手の女の子たちが夢中な様子でサンジを見つめているのに、肝心なサンジ本人はそれを意識しているようにはまったく見えなかった。
相手の女の子に向かってニコニコと笑いかけて優しい言葉をかけ続けながらも、だからといって相手がそれにどう反応しているかにはあまり関心が無い様にすら見えるほどだった、とゾロは内心で不思議に思う。
さすがに通りすがりの相手ではないナミにはまったく違う態度のようだが。
テーブルにまた料理が運ばれてきた。ウソップが好きな鳥のから揚げだ。この店オリジナルのスパイスを混ぜ合わせた塩を付けて食べるのが旨いのだとサンジに説明してやっている。
オリジナルのスパイスときいて、サンジがちょっと身を乗り出して皿を覗き込んだ。そういうところが気になるあたりは、やはり料理人ということか、とゾロは思った。
ちょっと真剣な眼差しになって、ウソップに言われるままにスパイスを舐めてみたりしている。
いつもそういう顔してりゃいいんじゃねぇのか。
漠然とそんなことを思いながら、いや、別にこいつがどんな顔してても俺には関係ないだろうと、内心で否定してみる。
それでも視線はなんとなくサンジの様子を追ってしまうのが、ゾロにも不思議で仕方なかった。
まだ知り合ったばかりで、こいつの何も知りはしないのに。
なぜこんなにこのコックのことばかり考えているのか分からない。
スパイスの話で盛り上がっているサンジたちを見ながら、ゾロは2杯目の生ビールを飲み干す。
ちょうど通りかかった店員に日本酒に変えるとオーダーをしてから、ゾロも料理に手を伸ばしたのだった。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
百貨店 第6話です。
ようやく飲み屋さんに着きました。
舞台にした飲み屋さんは、私の行きつけの居酒屋です。
小さなお店なんだけど、お酒もお料理もすごく美味しいんですよ。
オリジナルのスパイスを付けて食べるから揚げは、予約しておかないと食べられないお気に入りのメニューなのです。
・・・・・・・って、内容には関係ないネタですみません。
続きはできるだけ近日中に!!
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
『True face 1 』 *GL Department store シリーズ Vol.5
閉店後のデパート。
フロアごとに閉店作業やそれにかかる時間は異なるのが常で、食料品フロアなどは朝の準備に入るのも早く、また片付けと翌日の仕込みにかかる手間と時間も長い大変なフロアだ。
それに比べるとゾロの所属する婦人服フロアは、翌営業日の準備を終えたスタッフが退店するのも比較的早いフロアといえる。
各ショップのスタッフがそれぞれの閉店作業を終えて、お互いに声を掛け合いながら帰っていく。
その声を聞きながら、遅番だったゾロはフロアの見回りを兼ねて共用スペースの消灯を確認しながらフロアを歩いていた。
「あ、ロロノアさん。」
いつもの巡回ルートを通って進んでいると、ショップの中からナミが声を掛けてきた。
「うちのウソップから伝言です。」
そう言ってなにやら書類のようなものを手渡してくる。
まだ他のショップのスタッフもいるから口調も他人行儀なままだが、ゾロとナミが「ただの飲み友達」というのはこのフロアのすべての人間が(どころかこの百貨店の従業員のほとんど全てが)周知の事実で、いまさらという気がしなくもないとゾロは思う。
けれど、そう知れ渡るまでの数ヶ月、周囲からの嫉妬まがいの詮索の多さにげんなりした日々を送っていたナミは未だに警戒を怠らないのだ。
手渡されたA4サイズの紙には、なにやら地図が印刷されていた。
添えられた文字からそれが今夜飲みに行く先の居酒屋だとわかって、ゾロは呆れたようにナミを見た。
初めていく店でもないのに、なぜわざわざ地図なんて。
そんなゾロの思いを向けられた視線から感じ取ったのだろう。
ナミが事務的な口調と表情は崩さないまま言葉を続けた。
「ウソップが言ってました。それ、もう一人の人に渡して確認してもらってくださいって。」
もう一人の人。
それはあのカフェのコックのことだろう。
だがしかし、なぜわざわざあいつに確認を取れなどと言われるのか分からずにゾロは眉をひそめる。
あいつはこの店に来るようになったばかりで、こんな風に閉店後に飲みに行くのなんて始めてかも知れないのに、そんなやつに地図を渡したところで場所が分かるはずもない。
「あー・・・・・・・、必要ないんじゃ・・・」
言葉を選びつつ言い返そうとしたゾロをナミが視線で黙らせる。
「確認してください。いいですね?」
「・・・・・・・・・・・・了解・・・。」
何言ってんだ、二人とも。
と内心思いながら、ゾロは地図を手にしたままフロアの巡回に戻った。
歩きながら地図にちらりと目をやると、地図の下に走り書きのようにナミの筆跡でメッセージが添えてある。
しかしそれはゾロに宛てたものではなかった。
『私とウソップは先に行っているから二人で後から来てね。
デパートを出て駅の反対側からすぐだから分かると思うけど、何かあれば電話して。』
そこまではいい。
問題はその後の一文だ。
それを読んでゾロは思わずこの地図をそのまま廃棄してしまおうかという思いに駆られたが、そんなことをしたのがナミに知られたときの被害を考えてぐっとこらえると、地図を手にしたままカフェへと向かったのだった。
フロアの奥に位置するカフェは、しんと静まり返っていた。
照明もほとんど落ちていて、明かりがあるのは店奥の厨房の一角だけのようだ。
水を流すような音が聞こえるそちらへとゾロは足を向けた。
ゾロが声を掛けるより早く水音が止まった。がたがたと何かを動かすような音がしたかと思うと、厨房からひらりと金色に光るものが覗いた。
「あ、お疲れ。」
ゾロの姿に気が付いて、サンジが片手を挙げる。
それに頷いて答えて、ゾロはサンジがまだコックコートのままだということに気が付いた。
「・・・・・・・・・まだ終わらないのか。」
「ん?・・・・・・ああ、いや、もう終わったとこだ。」
ガスの元栓も締めたし、あとは着替えて電気消して終わり、とサンジが手順を確認するように言いながらゾロに向かって笑った。
よく笑う男だ。
サンジに出会ってから何度目かの感想をゾロは頭の中で繰り返す。
「おまえは?まだかかるのかよ?」
「いや、俺ももう終わる。あとは事務所のパソコン落として鍵の確認して・・・」
「あ、じゃあ一緒に行こうぜ。ってか俺場所知らねぇし。」
『連れてってくれんだろ?』と屈託なく笑うサンジに、ゾロは一瞬手にしていた地図を握りつぶしそうになってしまったが、なんとかこらえてそれをサンジへと差し出した。
「へ?」
一瞥して店の地図と分かるそれに、受け取ったサンジがちょっと目を丸くしている。
しかし、次の瞬間、サンジが何かをこらえるような微妙な顔つきになった。
ナミからのメッセージを読んだのだ。
「・・・・・・・・・・・おまえ、方向音痴なの・・・?」
笑いを含んで震える声で言いながら、サンジがゾロを見る。
「・・・・・・・・・・・そんなことは」
「だって、ナミさんが。」
否定しようとするゾロの言葉をさえぎって、『あはははは』とサンジが遠慮なく声を上げて笑い出した。
ゾロはむっとする気持ちを隠しもせずに顔をしかめた。
「あ、あはは、ははっ、『連れてきてあげてね』って、俺、初めての街なのに・・・?」
笑いが止まらないというように身を折って笑い続けるサンジに、ゾロはくるりと背を向けた。
すたすたとカフェを出ようとするゾロの背後に、サンジが慌てたように後を追いかけて来る足音が聞こえる。
「あ、あはは・・・・・・ご、ごめんって。悪かった、笑ったりして!」
不意にサンジがゾロの腕を掴んだ。
驚いたゾロが思わず立ち止まる。
腕を掴んだまま、サンジはまだ笑いの残る目元をしながら、ちょっとすまなそうに首をかしげてゾロを見ている。
「悪かったって。ちょっと・・・・・・・・・・なんてのかな、意外性?」
「あぁ?」
意味が分からず、むっとした気分のまま声を跳ね上げたゾロに、サンジがへにゃんと眉を下げる。
くるりと巻いた眉がサンジの感情に沿って思いのほか器用に動くことに気が付いて、ゾロのほうが思わず笑いそうになった。
しかし、ここは笑うとこじゃねぇだろと、思わず笑いをぐっとこらえたせいでゾロの表情がいっそう険しくなって見えたのか、サンジが情けなさそうな声を出してゾロのほうへと身を乗り出してくる。
「だから、悪かったって!なんか、意外だなって思ったんだよ!」
「・・・・・・・・・・意外って、なにが。」
「だーかーらーっ!なんか勝手にさ、おまえはこう・・・弱点とかなさそうって言うか、しっかりしてそう、みたいな?」
「・・・・・・・・・・なんのイメージだ、そりゃ。」
「だから!俺の勝手なイメージだってんだよ!!悪かったって!」
そう言って、サンジはもう一度『悪かった』と謝ってから、へらりと笑って見せた。
「なんか・・・・・・・・・・・・嬉しいかも。」
「・・・・・・・・・・はぁ?」
「ナミさんに聞いたんだけど、おまえって俺と同じ年なんだってな。同じ年のヤツなのに、なんかすげぇデキルやつっぽかったから、ちょっと悔しかったんだけど。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「弱点もちゃんとあるんだってわかって、なんか嬉しいってかさ。」
『へへ』とサンジがどこか照れたような笑いを浮かべてゾロを見ている。
「・・・・・・・・・・・・・・・弱点てほどじゃねぇ。」
「そ?じゃあ俺のこと、この店まで『連れてって』くれる?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
にやりと悪戯をたくらむ子供のような笑みを浮かべたサンジに、ゾロがまた押し黙る。
サンジはもう一度声を出して笑うとゾロの腕を掴んでいた手をようやく離して その背中をバンバンと遠慮なく叩いた。
「俺、着替えてくっからさ。お前も片付けちまえよ、な?」
「・・・・・・・・・・・分かった。」
支度ができたら階段のところに来い、と告げてゾロは今度こそカフェを後にする。
その背中に、サンジが『分かった』と笑い混じりの声を投げかけてきた。
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------
百貨店第5話です。
ようやくゾロとコックさんの会話が進み始めています。
やっぱり二人のシーンを書いているのが一番楽しい・・・!
原作でも、もっと二人で会話してくれたらいいのになあ。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
『Tea time Meeting 2』 GL Department store シリーズ Vol.4
ケーキを綺麗に平らげた三人に、サンジは絶妙のタイミングで紅茶のお代わりを注いで回ってくれる。
ケーキはもちろん、丁寧に淹れられた紅茶はとても美味しくて。
礼を言ってそれを受け取りながら、ナミはふと気がついたようにサンジを見上げた。
「ねぇ、ここの準備ってどうしてサンジくんしか来てないの?」
カフェのオープン予定はもう来週末に迫っているのだ。
内装工事は終わっているとはいえ、テーブルの設営などの仕上げはまだこれからのような店内を見回しながら、ウソップも首をかしげた。
「来週末オープン?間に合うのか?」
「ん?ああ、あとはそうたいした準備はねぇし。ホールスタッフの研修は来週入ったら始めることになってんだよ。俺以外の厨房スタッフは、今は本店で研修受けてるし。」
そうして自分も店内をぐるりと見渡しながらサンジが続けた言葉に、ゾロとナミが『ん?』と疑問を抱いた。
「ホールのほうも、明日から手ぇ入れることになってるし・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・明日?」
確認するように鸚鵡返しにするナミに、サンジのほうも首をかしげている。
そういえばさっきそんなことを言っていたか、とゾロも思い出してちょっと顔をしかめた。
「うん、明日。明日ってデパート休みなんですよね、それならちょっとバタバタしてもお客さんに迷惑かからないしと思って・・・」
言葉を続けながらサンジも様子のおかしいゾロとナミの様子に気がついたようだ。
「え・・・っと、なにか・・・・・・・・・・マズイ?」
「マズイっていうか・・・・・・・・・・・明日『休み』なのよ、サンジくん。」
「うん、知ってますよ? 」
『それがなにか?』的な返答をするサンジに、ナミが困ったように笑う。
「あのね。このデパートって『店休日』が月二回決められてるのは聞いてるわよね。」
「ええ、隔週の水曜ですよね?」
「そうよ。それで、その日は『ちゃんと休む』って言うのが決まりなの。」
「えー・・・・・・・・・・・・と、それはどういう・・・・・・」
「だから、店内には入れないわ。」
簡潔に事情を説明したナミの言葉に、サンジが一瞬黙り込む。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「明日は全従業員が休む日なのよ。店内は立ち入り禁止。」
「・・・・・・・・・・・えぇっ?!そうなのかっ?」
慌てた様子でサンジがゾロを見る。
それに向かってうなずき返して、ゾロは飲み干した紅茶のカップをソーサーに戻した。
「基本的にはな。そういう決まりになってる。」
「えぇ~・・・・・・・・・、知らなかった・・・。」
こういうところって休みの日こそ何か作業とかしてるもんだと思ってたのに・・・と、どこか呆然と呟くサンジにナミがちょっと気の毒そうに続ける。
「どうしても出勤したいときは事前申請が必要なのよ。」
「事前申請・・・・・」
「許可を取って、立ち会う社員を決めないといけないし。」
「・・・・・・・・・・・・じゃあ、今からじゃ・・・」
「うーん、無理でしょうねぇ。」
「そんなぁ・・・・・。」
ようやく事情が飲み込めたのか、サンジのくるりと巻いた眉がへにゃりとしなだれるように下がった。
情けないその表情にナミが苦笑する。
「私たちも来月の店休日に作業がしたいから、こうやってゾロと打ち合わせしてるってわけなのよ。」
「そうなんだあ・・・・・。」
サンジはがっくりと、あからさまに肩を落としている。
その様子を見ていたゾロが一瞬の逡巡の後、口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・おい。」
「ん? 」
「どうしてもって言うなら、付き合うぞ。」
「へ?」
「明日。俺が立ち会えばたぶん大丈夫だ。」
『他のフロアには出勤者もいるはずだし』と説明するゾロに、サンジはちょっとびっくりしたように目を見張ったが、すぐに表情を改めてふるふると首を振った。
「いや、いい。」
「・・・・・・・・・・・なんでだ。」
「ルールを知らなかった俺がいけないんだ。だから、それは世話にはなれない。」
やけにきっぱりと言い切るサンジに、ゾロもそれ以上の言葉を続けられずに口を閉じた。
でも、やはり自分が立ち会うといえば、店休日の作業の許可は今からだってきっと下りる。
そう思えば言わずにいられなくて、ゾロは傍らのサンジを見上げて続けた。
「・・・・・・・・・・・ルールを通達してなかった俺たち『館』側のミスでもある。」
「んー、まぁそうかも知んねぇけどさ。」
デパート社員の自分たちからの連絡ミスが原因なのだろうから自分が休日返上で店に出れば済むことだろうと、ゾロとしてはある意味気軽な気持ちで提案した程度の態度を装ったつもりだった。
けれど、サンジはやはり『いい』と首を振る。
なぜ自分の気持ちが伝わらないのかと、ちょっと苛立ちを感じたゾロは、その次の瞬間にはそんな苛立ちを感じた自分に戸惑いを覚えて、再度口を閉じることとなった。
「ま、どうしても明日作業させてもらわなきゃ間に合わないってわけでもないし。」
『大丈夫』と、サンジはさらりと口にして、ついで「にかっ」と笑った。
ゾロに向かって。
「そーーっと静かにやれって言えば、作業に来る野郎たちもおとなしく作業できると思うし。だったらデパートの営業日でも問題ないだろ?」
サンジが笑顔を見せた瞬間、ゾロは『ああ』と至極あっさりと自分の気持ちに気がついた。
自分は喜ばせたかったのか、こいつを。
それは本当に自然と納得できたほど明らかな感情で、だからこそゾロは目の前のコックコートの彼から目が離せなくなっていた。
メシを食わせてもらったから、とか。
打ち合わせスペースを貸してもらったから、とか。
うまい紅茶とケーキを用意してもらったから、とか。
知り合ったばかりだというのに。自分はいろいろなものをサンジから渡されていることに、ゾロだって気がついていたのだ。
だから、何かを返したくて。
せめて自分の立場で出来ることをしてやりたいと思ったのに。
こいつはあっさりと断るのか。
サンジの断り方があまりにも潔かったせいだろうか。
それを残念に思うどころかどこか爽快に感じている自分を、ゾロはまるで他人事のように感じていた。
このさりげなく、けれど芯の通った態度はきっと彼の性質そのものなのだろう。
「あ。ねえねえ。それじゃサンジ君も明日はお休みでしょ?」
ナミがつかの間止まってしまっていた会話をさらりと動かし始める。
こういう場の空気をさりげなく読み解くところが彼女の才能の一つだとゾロは認めているのだが。
しかし、ナミが続けて言い出した一言にさすがに驚いて目を見張った。
「サンジくんも一緒にどう?」
「一緒に?」
「ええ。今夜、閉店後に飲みに行く予定なのよ、私達。」
さすがにその誘いは唐突に感じたのか、サンジもちょっと驚いたようにナミを見ている。
「ええとそれはどういうメンバーで・・・」
確認するように問い返しながらも会話の流れでなんとなく察してはいるのだろう。
サンジがゆっくりとナミからウソップへと、そしてゾロへと視線を流してきた。
「私とウソップとゾロの三人でね。」
このすぐ近くにちょっといい居酒屋があるのよ、ナミが言うのに傍らでウソップもうなずいている。
「小さい店なんだけどな。酒もうまいし何より魚がうまいんだぜ~。刺身も美味しいし焼いたのとか揚げたのとかいろいろあるんだ。」
「三人で予約入れたんだけど、席はもともと四人掛けだから問題ないわ。ね、どう?」
ナミとウソップの誘いに『そうだなあ』と笑いながら呟いて、サンジはふとゾロにもう一度視線を戻してきた。
自分を見上げていたゾロに向かって、サンジはちょっと考えるように首をかしげるように傾けてどこか迷うような笑顔をして見せた。
これもゾロが始めて見るこのコックの笑顔だった。
「え・・・・っと、お前も行くんだ?」
「・・・・・・・・・・・おう。」
短く答えたゾロに、サンジはちょっと間をおいてから続けた。
「あー・・・・・、俺も行ってもいい・・・のか、な。」
「もちろんよ、ねぇ、ゾロ、ウソップ。」
「おお、行こうぜ~。」
楽しげに答えるナミたちに笑顔を返してから、サンジはもう一度ゾロを見た。
ゾロの返答を待つようなその様子に、ゾロは小さくうなずいて見せた。
「お前の予定が問題ないなら。」
『行こう』と誘うゾロの言葉に、サンジはまた子供のような笑顔を見せたのだった。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
ちょっと短めですが、とりあえず第4話です。
なんかこのシリーズのコックさんは良く笑う人みたいです。
いいよね、笑顔の似合うコックさん。
そしてその笑顔にしらずしらずのうちに嵌っているゾロ(笑)。
でもコックさんはまだ周りに遠慮しているので、愛想笑いも含まれている気が(笑)。
早く本音で会話させてあげたいです。
12 | 2025/01 | 02 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | |||
5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
*Material by Pearl Box * Template by tsukika
忍者ブログ [PR]