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『Tea time Meeting』 *GL Department store シリーズ Vol.3
予定通りなんとか進んでいる業務の進捗を頭の中で確認しながら、ゾロはフロアを歩いていた。
火曜日の午後。
天気も良く気温も心地よいこの日の来店者数はまずまずというところか。
日々の生活必需品を扱う販売が主体ではない百貨店は、天気や気温に来客数を多少なりとも左右されるところがある。
毎日の天気予報だけでなく、週間予報、果ては長期の天候予測までにも目を向けて、長いスパンでの販売計画を立てることが必要になる、なかなか戦略的な要素を含むというのがゾロの勤務する百貨店という業界だ。
通路両側に並ぶブランドショップの様子に目を配りながら歩いていたゾロは、あるショップの前を過ぎようとして、中から目で合図されたのに気が付いて足を止めた。
この婦人服フロアでも一、二を争う売上を誇る人気ブランドショップ『T・・・』のショップスペース内には、数人の客と対応するスタッフの姿がある。
客たちに会釈をしながら、ゾロはショップ内に入る。
商品が展示されたスペースの奥にはショップスタッフが雑務をこなすためのカウンターが設置されていて、そこに店長のナミともう一人、男の姿があった。
「あ、ドウモ。ご無沙汰シテマス。」
振り返った男がどこかカタコトな口調で笑いながら、ゾロに挨拶してくる。
別に日本語が不自由なのではなく、ゾロ相手に丁寧な口調で話すのが慣れない・・・というだけのその男の名はウソップ。
ナミが店長を務めるこのブランドの日本法人の宣伝部のスタッフだ。
今までにもこのショップに関する業務で何度もこのデパートを訪れていてゾロとは顔なじみだし、なによりウソップが顔を見せるたびに「親睦会」と称してナミがゾロとウソップを飲みに引き摺っていこうとするので、いつの間にかすっかり友人付き合いをするまでになっている相手だ。
しかし来客のある店内での会話なので、自然改まった口調での会話を余儀なくされることになる。
「こちらこそ・・・・・。なにか打ち合わせですか。」
「はい、来月のフェアの件で。」
「そうですか。」
進みそうで進まない二人の会話に、ナミが口を挟む。
「その件で、ちょっとお時間を頂きたいんですけど、今どうですか、ロロノアさん。」
ナミの口からは普段呼ばれない姓をことさら丁寧な口調で言われてゾロは思わず眉を寄せそうになり、慌てて真剣な顔を作って答えた。
「ええと・・・・・、少しだけなら。」
「ありがとうございます。じゃあ、ちょっと場所を変えて・・・・・・・」
店内にいたほかのスタッフに後を任せ、来客たちににこやかに挨拶をしてから、ナミは男二人を従えてフロア通路へと歩き出した。
「ん~~、どこがいいかしらね?」
「なんだ、本当に打ち合わせか。」
場所を考えて首をひねるナミにゾロが驚いたように呟くと、くるりと振り返ったナミは心底馬鹿にしたような視線をゾロへと向ける。
「あのね、昨日言ったでしょ。フェアの打ち合わせでウソップが来るって。」
「ああ、言ってたな。」
「・・・・・・・・・・・ほんとに覚えてたんでしょうね?忘れてたんじゃないの?」
時折すれ違う客たちには聞こえないように小さな声でそんなやり取りをしながら、それでも二人ともちゃんと笑顔だったりするあたり、ゾロも立派なデパートマンになってきたと言えるだろう。
そんな二人を見ながら、ウソップが歩きながら辺りを見回している。
いつもは現場になかなか足を運べない立場であるだけに、他のショップの様子が気になるらしい。店内を熱心に見回している。
「ほら、ウソップ。きょろきょろしてないで!私だってあんまり時間無いのよ。」
「お、おう。えっと、どこかちょっと広い机とか無いかな。」
「広い机か・・・。」
それではゾロが業務をこなしているフロア奥のバックヤードの一角というわけにはいかないだろう。
「見て欲しい資料とかあるんだよ。ショップ内のディスプレイ変更も合わせてやりたいって案が出てるから、模型もあってさ・・・・・」
見れば、確かにウソップの両手はかなりの大荷物でふさがっている。
「社食・・・・・とか?」
ナミがゾロの意見を求めて視線を向けてくるのに、ゾロもちょっと考えてから言葉を返した。
「いや、この時間だと午後休憩の始まる時間だから、社食はけっこう混んでるかもしれない。」
ゾロの指摘に時計を見たナミが「そうね」とうなずく。
「でもほかにいい場所っていっても浮かばないし・・・・・、とりあえず社食行ってみる?」
そのとき、思案するように首をかしげるナミの背中のその先に、ゾロはきらりと光る姿を見つけていた。
「いや・・・・・・・・・・・、ちょっと待ってろ。」
視界に映ったその金色にふと思いついて、ゾロはオープン準備中のカフェスペースへと足を向けた。
「ごめんねー、サンジくん。」
「いえいえ~♪気にしないでどうぞ好きに使っていいですよ。」
お茶でもいれますね、とサンジが店奥のキッチンに入っていく。
その姿を追って、ゾロもキッチンへと足を向けた。
それでもさすがにキッチンへは入らず、出入り口辺りで立ち止まると、サンジに向かって声をかけた。
「おい。」
「ん?」
「悪かったな、助かった。」
「ああ。いいって言ったろ。どうせフロアの準備はまだこれからだし、今は俺しか来てねぇしな。」
テーブルと椅子だけは届いてるし。
サンジは何でもないように言って、お茶を入れる準備を始めた。
コンロに水を入れたケトルを二つ並べて火に掛ける。
なぜ二つ?と思いながら、ゾロは作業を続けるサンジの動きを見続けていた。
「テーブルとか、必要なだけ出して使っていいぜ。どうせ明日あたりからホールも準備始めるだろうし。」
壁に作られた棚の中から、いくつかのカップを取り出しながらサンジが言う。
シンプルな白で統一されているらしい食器類は整然と積み上げられて来週からの出番を待っているのだろう。
取り出したカップを調理台の一角に並べて置いて、サンジは注ぎ口から湯気を上げ始めたケトルの一つを手に取った。
何も入れていない空のカップに湯を注ぎいれる。
コンロに残されたもう一方のケトルはまだ湯気も上げていない。
沸かした湯の量が違うということか、と気がつきながらゾロはサンジの動きを眺めていた。
カップと並べて置かれた揃いのポットにも湯を注ぐ様子を見て、ゾロはふと首をかしげる。
「なに?」
ゾロの視線に気がついたように、サンジが振り返った。
「いや・・・・・・・・・・茶っ葉は?」
「あ? 」
お茶をいれるとナミに言っていたのに、とゾロが不思議に思っていることにサンジはようやく気がついたらしい。
自分の手元を見ているゾロに『ああ』と呟いてから、また手を動かし始める。
「お茶にもいろいろあるけど、紅茶は淹れてる途中でお湯の温度が下がりすぎると渋みが出ちまうんだ。だから、使うポットとかカップとかも出来るだけ温めておいて淹れ終わるまで温度が下がらないようにするもんなんだよ。」
説明しながらもサンジの動きは淀みなく流れるように続いている。
湯を入れた陶器のポットにカバーのようなものをかぶせておいて、サンジは引き出しから取り出した小さなスプーンをカップの一つにからんと差し入れた。
「スプーンも温めるのか。」
「ああ。蒸らした後でちょっとかき混ぜるのに使うだけなんだけどな。でも、そんなちょっとしたことで味がぜんぜん違ってくる。」
コンロに置かれていたケトルが小さな音を立て始めた。
そろそろ湯が沸くようだ。
フロアのほうからナミの声が聞こえる。ゾロを呼んでいるようだ。
「打ち合わせなんだろ、行けよ。」
「ああ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・この紅茶は蒸らす時間が少し長いんだ。持っていってやるから仕事してろ。」
ナミの呼び声に逡巡したようなゾロの様子に何を思ったのか、ちょっとあきれたような笑みを口元に浮かべて、サンジはゾロをホールへと追い立てる。
手で追い払うようなしぐさまで付けられて、さすがにゾロがむっと表情をしかめる。
そんなゾロに向かって今度はにっかりと子供のように笑って、サンジはコンロへと向き直ってしまった。
その後姿を一瞬見つめてから、ゾロはようやくナミたちの待つテーブルへと足を向けたのだった。
ウソップの提示する資料やナミの説明を聞きながら、ゾロは必要事項を確認していく。
「期限としては問題ないと思うんだけどな。」
「間に合わせるわよ、ね、ウソップ?」
「や~、がんばるのは俺たちってことだよなあ・・・・・・・・いや、がんばるけどよ。」
「デパート側としてはどう?作業内容的にもこの日の閉店後から翌日の定休日にやらせてもらう感じになると思うんだけど・・・・・」
ナミのショップの簡単なディスプレイ変更の打ち合わせを進めていた三人の下にサンジがお茶を運んできた。
「お茶がはいったよ~。ここ置いてもいいかな、ナミさん。」
ナミの返答をまって、サンジが恭しいしぐさでその前にカップを置く。
紅茶だけではなく、小さなデザートの皿まで付けられてナミが歓声を上げる。
「きゃあ!ありがとう、サンジくん!おいしそう~。」
「いえいえ♪さあ、どうぞ遠慮なく召し上がれ~。」
にっこりとナミに笑いかけてから、サンジは男二人に顔を向けた。
「おまえらは?甘いもの、食うか?」
『そっちのおまえは?』と、そういえば名前も聞かれないままだったウソップに問いかける。
ナミに向けての丁寧なしぐさや愛想の良すぎるほどの笑顔とは裏腹なそっけない口調に、若干びびりながらウソップが頭を下げる。
「い、イタダキマス。」
「おう、どうぞ。」
口調は雑だがカップと皿を給仕する手つきはあくまでも丁寧だ。
そんなギャップを眺めていたゾロにも、サンジが声を掛ける。
「おまえは?食うか?」
問いかけられてゾロはサンジの手にするトレーに乗った最後の一皿を見る。
白い皿の上には茶色の小さなケーキが乗っている。チョコレートのケーキだろうか。
「・・・・・・・・・・食わない?」
ちょっとの間無言だったゾロに、サンジが首をかしげる。
「甘いものは苦手だったか?」
「いや・・・・・・・・・・・・。」
ゾロは甘いものが好きというほどではないが嫌いなわけではない。
だが、そんなことよりも気になったのは。
「・・・・・・・・・・お前が作ったのか?」
「へ?そりゃそうだろ。俺以外誰が作るってんだよ、今のこの店で。」
「じゃあ、食う。」
ゾロはサンジに向かって皿をよこせというように手を差し出した。
サンジはちょっと面食らったような顔でゾロを見返してから、トレーの上から皿を取るとゾロに向かって手渡す。
ケーキの乗ったその皿を受け取って自分の前に置いたゾロを、ナミもウソップもちょっと呆気に取られた感じで見ている。
「・・・・・・・・・・・・・サンジくんが作ったものなら、食べるんだ、あんた。」
「ああ?」
早速ケーキを食べようとしていたゾロが、ナミの言葉に意味が分からないというように顔を上げた。
「だって。今そう言ったじゃない。」
「・・・・・・・・それが、なんだ。」
「いえね、いつの間にそんなに仲良くなったのかと思って。ねぇ、サンジくん?」
「別に仲良くなんて!」
ナミの言葉に反応したのはサンジのほうだ。
大の大人の、しかも男同士で「仲良く」なんて言葉を使われて、どう返したら分からなくなっているようだ。
「だって、昨日の朝が初顔合わせだったのにね?」
「や、えっと、それはですね」
「あの後、メシ食わせてもらった。」
ナミの追求に言葉がうまく続かないらしいサンジの声にかぶせるように、ゾロがさらりと言う。
「えっ、いつの間に?」
驚くナミの様子に、サンジのほうがちょっと焦ったように視線をウロウロさせている。
そんなサンジの様子には構わずに、ゾロは言葉を続けた。
「昨日、休憩時間がずれてメシ食えなかったんだよ。そしたら・・・・・・・・・・食わせてくれたんだ。」
「へえ・・・・・。」
どこか面白がるような顔つきで、ナミがゾロとサンジを交互に眺めている。
「で、どうだったの?」
「あ?」
「美味しかったの?」
ナミに聞かれて、ゾロはいまさら気が付いた。
そういえば昨日この店内でサンジの作ったランチを食べたとき、何も聞かれなかたっと言うことに。
『試食』と言っていなかったか、この男は。
なのに、食べたゾロの感想は何も求めてこなかったのだ。
そのことに今になって思い当たって、ゾロは思わずケーキに向けていたフォークを止めてテーブルの脇に立ったままのサンジを振り仰いだ。
「おい。」
「へ?」
なんだか落ち着かなげに立ち尽くしていたサンジは、突然声を掛けたゾロに戸惑ったような声を出してようやく視線をゾロへと向けてきた。
その彼に向かって、ゾロは何の迷いもなくさらりと思ったことを口にした。
「美味かった。」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
ぽかん、とサンジが口を開けたまま固まった。
「美味かった、昨日のメシ。」
「・・・・・・・・・・・・・・お、おう。」
それだけ言って、ゾロは目の前のケーキにまた向き直る。
あのメシを作った男の用意したケーキなら、きっと美味いだろうと思った。
だから、思わず「おまえが作ったのか」と確認したのだ。
ゾロはフォークを持ったままの手を、ぱんと軽く合わせた。
「いただきます。」
礼儀正しくそう言ってからケーキに手をつけたゾロに、その場で置き去り状態だったナミとウソップも慌てたように声をそろえる。
「いただくわね、サンジくん。」
「い、イタダキマス。」
「あ、どうぞ・・・・・。」
こうして、どこか微妙な空気のオープン前のカフェ店内で、ティータイムが始まったのだった。
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第3話です。
思っていたよりも長くなってしまったので、ここで一回切りました。
出来るだけ早く続きをアップしたいと思っています。
少しずつキャラクターが揃い始めました。
もちろん船長もロビンちゃんも船医さんも出てくる予定です。
サンジのご飯を素直に「美味しい」と言うゾロ、というのが、私の中でのちょっとした萌えだったりします。
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『Many smiles』 *GL Department store シリーズ Vol.2
店内に15時を告げる音楽が流れる中、ゾロはフロアの一角にある従業員エリアからようやく開放されて通路へと出てきた。
このGLデパートには、いわゆる『表』のスペースである「お客様用施設」と、商品のストック置き場や従業員のための休憩室、事務用スペースなどからなる「従業員専用施設」がある。
ゾロの所属する婦人服フロアの一角にもその『奥』に通じる扉があり、客からはまったく分からない狭いスペースにフロアを管理するゾロたち百貨店社員がさまざまな業務に当たるための事務室が設けられていた。
今朝出勤してからほとんどの時間を机に座って事務処理に追われていたゾロは、気が付けばすっかり昼食も取り損ねてしまったようだ。
並んだ机で同じように事務作業をしていた同僚に少し休憩を取ると告げて時計を見たものの、この時間では社員食堂で食べられる食事メニューも限られたものしかないだろう。
それでも一段楽した書類作業に区切りをつけるため、ようやく机を離れてフロアに出てきたのだ。
社員食堂でそばでも食べるか。
そんなことを思いながら、フロアの通路を歩きだす。
すれ違う来客たちに会釈と共に「いらっしゃいませ」と声をかけながら歩いて階段へと向かうと、ふいにその階段へと通じる角から「ひらり」と金の光がゾロの視界に飛び込んできた。
「-------------!」
思わずその場に立ち止まってしまったゾロに気が付いて、金髪の彼は「お。」と声を上げて歩み寄ってくる。
「よう。今朝はどうも。」
気軽に声をかけられても返す言葉が見つからず、ゾロは黙ったまま頷くようにして挨拶をした。
その鷹揚な態度に、サンジはちょっと眉を上げて顔をしかめる。
くるりと巻いた変わった形のその眉にゾロは改めて驚いたものの、やはりかける言葉も浮かばないまま無言でサンジを見ていた。
白いコックコート姿のサンジが、この婦人服フロアでものすごく目立っているのだということに、二人とも気が付いていないのは幸いというべきか。
「・・・・・あんた・・・、ゾロだっけ?」
「・・・・・・・・・・・ああ。」
「なに、デパートで働いてるくせに寡黙なヒト?」
俺は寡黙だろうか?サンジの言葉に、ゾロはそんな風に考え込んだ。
たしかにそんなに口数が多いわけではないが、特に無口だと言われたことも自分で思ったこともなかったが。
「あ、でもナミさんとは話してたしなあ。」
今朝のことを思い出したのか、サンジがまたゾロを見つめてくる。
そして、何かに思い当たったというように、突然ゾロに向かって笑いかけた。
「わかった。人見知りすんだな、お前。」
人見知り。子供じゃあるまいし何言ってんだ、と言い返したいのに、ゾロの口からは何の言葉も出てこない。
目の前の男の笑い顔に目を奪われていたせいだと、自覚はないままに、ゾロはサンジの顔を見続けていた。
「ま、そういうやつもいるよな。」
勝手に納得しながらサンジはふと気が付いたという様子でゾロに話しかけてくる。
「で、どこ行くんだ?仕事中だよな、わりぃ、呼び止めちゃって。」
「・・・・・・・・・・いや、休憩に出るとこだ。」
ようやく返す言葉をみつけて、ゾロは口を開いた。
「休憩?オヤツの時間かよ。」
「いや、メシ食ってないんだ。時間なくてな。」
「えぇ?今から昼飯?朝から働いてんのに!」
話し始めれば自然と言葉が続く。
最初の一言が出てこなかったのは、らしくもなく自分が緊張していたからか、とゾロは他人事のように考える。
「メシって?何食うの?」
「社食行きゃ、蕎麦くらい食べられる。」
「蕎麦?それから?」
「・・・・・・・・・この時間じゃ定食なんかはもう終わってるからな。」
「え、じゃあ、蕎麦だけで済ますつもりか?!」
何を驚いたというのか、サンジはくるりと巻いた眉を大げさなほどに上下させて『ダメだダメだ』と言い募った。
「そんなバランスの悪い食事でいいわけないだろ!」
「・・・・・・・・・・とりあえず腹が膨れれば・・・」
「ダメだって!」
「・・・・・・・・・・なにが」
「だって、おまえスポーツやってんだろ!じゃあ、食べるのも仕事のうちだろーがっ!」
そう言われれば返す言葉もなく黙るしかない。
ゾロは再び口を閉ざしながら、しかし自分の食事事情などになぜここまでこの男がむきになっているのか、と不思議に思っていた。
すると、何を思ったのか、突然にサンジがゾロを見てにやりと笑みを浮かべた。
「・・・・・・・・・なんだ」
「おまえ、ものすごく運のいいやつだな。感謝しろよ、ここで俺様とすれ違ったことに。」
「・・・・・・・・はぁ?」
にや、っと笑みを浮かべたまま、サンジはゾロに「付いて来い」というようにくいっと顎でフロアの奥を示した。
「俺は今からランチの試作にちょっと改良を加えようと思ってたところだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「試食させてやる。ありがたく思え?」
笑いながらそう言うと、サンジはゾロの返事も待たずにフロア奥の新設されたカフェルームへと歩き出した。
断る理由もないか、と心の中で呟いただけでゾロは黙ったままサンジの後に付いて、今出てきたばかりの婦人服フロアへと足を向けなおしたのだった。
サンジはひらりと白いコックコートを翻して婦人服フロアを進んでいく。
-------------------よく笑う男だ。
今朝からこの男の笑顔をいくつ見ただろうか、などとぼんやり考えながら、ゾロはサンジの後姿を眺めていた。
オープン前のカフェ内には、当然ながら人影はなかった。
開店準備に来ていると言うようなことをナミが言っていたが、この男以外のスタッフの姿もないようだ。
サンジに連れられるままカフェに入った後、入り口の戸はきっちりと閉められ、最小限の照明しか付いていないカフェの中は不思議な静けさに包まれていた。
カフェの扉を開ければすぐそこは客とスタッフの行きかう婦人服フロアなのに、オープン前のこのカフェの中には、そのざわめきはほとんど届いてこなかった。
婦人服フロアからは基本的に外は見えないが、このカフェはフロアの一番奥に位置していて窓もあるし、広くはないが屋外テラスにも続いている。
午後の明るい日差しがガラス越しに店内に薄く広がっている。
ここは一ヶ月前までは美容室が入っていたスペースだったが利用客が減少していたこととオーナーが高齢を理由に手を引きたいと言い出たことから、そのスペースをどう活用するかという会議が開かれ、GLデパートの上層部の誰だかが持つというツテをたどって、人気老舗レストランの2号店がカフェとして開設することになったのだ。
そのいきさつはゾロも聞かされている。
が、本店から送り込まれてくるというスタッフに付いてまでは知らされていなかった。
店内に運び込まれただけでまだ片隅に寄せられたままのテーブルと椅子を取り出すようにとゾロに指示しておいて、サンジはいったん厨房に入っていった。
その後姿を見送ってから、ゾロは言われたとおりに、カフェの少し真ん中までテーブルを引き出してきた。
ちょっと考えた末に椅子を二つ、テーブルを挟むように置いて、その片方に腰を下ろした。
ゾロのいる辺りからは、カウンター越しに厨房が見える。
客席が見えるようにと造作されたのだろう。
厨房ではいくつか灯された照明の下、サンジが動くたびにキラリと金の髪が光るのが見える。
なんとなくその光を目で追っているうちに、サンジが左手に白い皿を、もう片手にフォークとナイフを持って厨房を出てきた。
トン、と皿とカトラリーがゾロの前に置かれる。
「どうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・いいのか?」
「なにをいまさら。」
一応遠慮して「食べていいのか」と聞いたゾロに、サンジはふんっと鼻で笑うような声を上げてから、もう一度「どうぞ」と食べるように促す。
「・・・・・・・・・・・・いただきます。」
きっちりと手を揃えて頭を下げてから、ゾロはテーブルに置かれたフォークを手に取った。
つづく
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社食の定食ラストオーダーに間に合わなかったのは、
今日の私自身です・・・・・(笑)
そして、私には試食させてくれる優しいコックさんは現れなかったです(涙)
『First impression』
デパートで働く、剣士さんとコックさん。
とりあえずちょこっと始めてみました。
管理人の日々の日記的なものも含めて書いていけたらいいなあ、と思っています。
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『First impression』 *GL Department store シリーズ Vol.1
「来週月曜?」
職場に着くなり、ゾロは同僚の女性スタッフに書類の山を示されて愕然となった。
「そうなの。急で悪いんだけど、今月はもう試合無いんだよね?」
「あ・・・・・・・・・・・・、とりあえず来月までは。」
「じゃあ、お願い。」
にっこりと微笑まれて、ゾロはとにかくうなずいて了承の意を示した。
書類の量は尋常でない感じだが、彼女の言うとおり月の半分を残して今月の残りのゾロのスケジュールは比較的空いていると言える。
それに、試合のたびに長くフロアを離れるゾロの分まで忙しくしている彼女に言われれば、多少の無理をしてでも仕事はこなすべきだろう。
「月曜と言うことは・・・・・。」
「そうね、遅くても水曜くらいまでにはショップ側と打ち合わせしてもらって・・・金曜午前中までに商品が揃えられれば撮影に入れるかな。」
「・・・・・ショップとの打ち合わせもこれから・・・?」
「急、って言ったでしょ。」
お願いね、ともう一度念を押して、ゾロよりも年下の同僚はあわただしく事務所を出て行ってしまった。
老舗百貨店のひとつとして国内外にいくつもの店舗を構えている『グランドライン百貨店』、通称「GLデパート」、それがゾロの勤務先だ。
接客にも販売にも興味の無い学生生活を送っていたゾロがこの百貨店などと言うおよそらしくない会社に勤めているのは、ひとえにこの百貨店が「剣道部」なるものをもうけているからだ。
物心付いたかどうか、というほど幼いころから剣の道を歩き始めていたゾロは、学生生活中はそれこそ数ある剣道のタイトルを総ナメにしてきたほどの剣士だった。
社会人になっても剣道は続けていくつもりでいたゾロの元に、この百貨店のほうからアプローチが合ったのはゾロが大学4年になる春の事で、その春にゾロが出場した大会で圧倒的な強さで優勝した試合を百貨店関係者がたまたま目にした、というのが理由だったらしい。
関係者どころか、それがこの百貨店の経営トップだったらしいのだが、とにかくゾロの剣道に惚れ込んだというその人物が、ゾロがGLデパートに就職してくれるなら、いかなる便宜でも図って今後のゾロの剣の道を支援したい、と伝えてきたのだ。
それまでのゾロは、大学を出たらとりあえずなんでもいいから仕事をしながら今までどおり道場に通おう、くらいにしか人生を考えていなかったので、ほとんど深く考えもせずにこの申し出をありがたく了承した。
そして、このデパートのトップはゾロの入社に合わせて、それまでなかった「剣道部」を新設し(それまでも色々なスポーツ支援には力を入れていたらしいが)、最初の申し出どおりにゾロの大会出場やそれにまつわる遠征などに対してのサポートを続けてくれている。
そしてゾロは仕事をしながら勤務の一環として剣道を続けられるという、社会人としては恵まれた毎日を送っているわけだ。
ただひとつ、入社後に配属された売り場が、ゾロとしては予定外としか言いようのない場所であったことを除けば。
デパートマンとしての道を歩くことになったゾロが配属された売り場、それは『婦人服ブランドフロア』だったのだ。
百貨店のメインのお客様といえば、やはり婦人層である。
とくにGL百貨店のような老舗店にとっては少し年配の富裕層の、とくにご婦人方が一番のお得意さまということになり、自然、女性をターゲットとした売り場が百貨店の趨勢を大きく左右する大切なフロアということになる。
なので、婦人服フロアへの配属というのは出世コースの一つといっていい。
そこに新入社員だというのにいきなり配属され、しかも彼を入社させるために経営トップ自らが「剣道部」とやらまで新設したとあっては、どれだけゾロが「おとなしく」していようと思っていたとしても、目立たないわけがない。
入社直後はそれこそ、やっかみや羨望の視線が周囲の社員から注がれることになっが、それでも優遇されることに甘えることなく仕事はまじめにきちんとこなし、なおかつ剣道の道で会社の知名度も上げ続けるゾロの存在は、今では概ね好意を持って周囲に受け入れられるまでになっていた。
入社して4年。都心から少し離れた地方都市にあるこの店舗での勤務も、そして勤務後に道場に通うというこの生活にも、すっかり慣れたといえるだろう。
もともとこの店舗に配属されたのも、ゾロの所属する道場から一番近いからという理由で便宜を図ってもらえたからなのだが、ゾロとしては生まれ育った環境からそう離れることもなく暮らせるこの職場にいられることを心底ありがたく思っており、剣道の道を究めるのとはまた別の意味で、この職場での勤務にも励もうと心に誓っているのだった。
ただ、あまりにも門外漢なジャンルの「婦人服フロア」はゾロにとって未知の領域過ぎて、4年がたった今になっても毎日が緊張の連続だったりもするのだけれども。
とにかく、月曜までと期限をきられた仕事のどこから手をつけるべきか探るために、ゾロは自分のデスクの上に山と積まれた書類を手に取ることにした。
「あ、ゾロ。今日はいたんだ。」
開店準備中の店内を歩いていたゾロは、通路に並んだショップのスタッフから声をかけられて立ち止まった。
ゾロの働くこの婦人服フロアには数多くの有名婦人服ブランドのショップが並んでいる。
ショップといっても、各ブランドが独立しているわけではなく、それぞれのブランドが区画わけされたスペース内に各々のブランドイメージに合わせたインテリアやディスプレイを展開して商品を展示しているので、訪れた客から見れば、いろいろなブランドの洋服が一同に会してひとつのフロアを形成しているように感じられるだろう。
そして、それぞれのブランドの販売スタッフはGL百貨店の社員ではなく、各ブランドがそれぞれに送り込んできた専門の販売員なのである。
今ゾロに声をかけてきた彼女もこのフロアに入っているブランドの専属販売員のナミだ。
「ああ。大会は昨日までだったからな。」
「勝ったの。」
「ああ。」
「そ。じゃ、また飲まなきゃねー♪」
もう忙しいのに仕方ないわねー、などと笑うナミに、ゾロは眉を寄せる。
「・・・・・・・・・・・・飲む理由にするんじゃねえ。」
「あら、祝ってあげようって言ってるのに。失礼ね。」
む、と大げさに顔をしかめるナミに、ゾロのほうがため息をついた。
ナミは有名海外ブランドのショップ店長を勤めている。
ゾロよりも年下だが、短大を卒業してすぐにこのブランドのスタッフになったとかで、すでにベテランの域だ。
黙っていればモデルも務まるかという容姿の持ち主だが、この気さくで人好きのするキャラクターとで、客のご婦人方はもちろん同フロアの他のショップのスタッフにまで信頼され頼られている存在だった。
ゾロがこのフロアに配属される前からこの店舗にいるので、ゾロが教えられることも多く、そしてなぜか気がつけば周囲公認の「飲み仲間」の一人になっている。
「ま、とにかく飲みにいきましょうよ。明日はウソップが来るのよ、ちょうどいいじゃない。」
「なんだ、打ち合わせか?」
「そうよ。来月のフェアの件でね。」
明後日は店休日だしちょうどいいじゃない、というナミにゾロもうなずいた。
ウソップというのはナミの勤めるブランドの日本本社のスタッフだ。広告とか店のディスプレイだとかを扱う広報部署にいるとかでよくこの店舗にも顔を出していて、気が付けばゾロとも仲良くなっている。
そして、このGL百貨店は全店一斉の定休日が月に2回、隔週水曜日に設けられている。
競合百貨店が定休日を廃止する中、GL百貨店だけは創始者の「休むときはちゃんと休めるように」という意志を守ってこの定休日を続けていた。
なので、休みが不規則になりがちなこの業界にあって、ゾロもナミも、シフトで交代で休みを取るほかに定休日があるおかげで、仲間のスタッフたちと飲みに行ったり遊びに行ったりすることができているのだ。
ゾロとしても、シフトで変動する休みとは別に月に二回とはいえ規則正しい休みが確保されているというのは、剣道を続ける上でも大変恵まれた環境だと、これもこの百貨店に感謝していることのひとつだった。
「じゃあ、あとでウソップにも連絡しとくから。」
「ああ、分かった。」
開店準備に戻ろうとナミのショップから通路へと戻りかけたゾロの視界を、不意に何か光るものが横切った。
「-----------------------?!」
きらり、と光を反射したそれに驚いて顔を向けると、ゾロのいた通路とはエスカレーターホールを挟んだ向こう側の通路を歩く人影が目に入った。
「あ、サンジくん!!」
傍らのナミが大きく声を上げて手を振る。
聞きなれないその名前に驚いているゾロには構わずに、ナミはその人影を手招いた。
「ああ、おはよう、ナミさん。今日は早番?」
エスカレーターホールをぐるりと回って、その人影は二人のほうへと歩いてくる。
開店前のまだ照明の薄暗い店内で、その人物の姿だけがきらきらと光っているのがゾロには不思議なほどだった。
「おはよう、サンジくん。」
「今日のお洋服は新しいね?かわいいなあ、すごく似合ってる。」
にこにこと笑ってナミに話しかけてから、その男は首をかしげるようにしてゾロを見た。
さらりと揺れた髪がまたきらりと光を反射して、ゾロは思わず息を呑む。
「えっと・・・・・・・・・・・・だれ?」
無言のまま立ち尽くしているゾロにではなく、彼はナミへと問いかける。
「このフロアの担当社員のゾロよ。昨日まで遠征だったから、サンジくんとは初対面ね。」
「遠征?・・・・・・・・・・・ああ、剣道部の人がいるとかって言ってたね。」
『この人?』とゾロを指差す自分に向けられた指先を、ゾロは反射的に掴んだ。
「へ・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・人を指差すんじゃねえ。」
「・・・・・・・・・・・・てめぇこそ、人の手に勝手に触ってんじゃねえよ!」
『離しやがれこのクソやろう』と、ぱしりと手を取り返されて、ゾロはそのすばやい動きと口の悪さにちょっとの間あっけに取られて目の前の男を見返した。
ゾロとさして変わらないくらいの長身。体つきはかなり細い。いや、剣道のために鍛えられたゾロと比べたら、というレベルなので、平均的な体つきといえるだろう。
室内競技と思われがちな剣道だが基礎鍛錬は外でも行うのでゾロは意外に日焼けしている。しかしその男の肌はナミやゾロの知る他の女性たちと比べても抜きん出て白いとゾロは思った。
そして一目見て「整った」という言葉が浮かぶようなその容姿。けれど眉がくるりと巻いているのが特徴的で。でもそれもこの男の容姿を引き立てる要因のひとつになっているのが不思議だった。
けれど、何よりもゾロの目を惹き付けたのは。
きらりと光っていたのはこの男の髪だった。
まだ開店前で照度の落ちた店内照明にもキラキラと光る金色の髪。
こんな色の金髪は始めて見る、とゾロは思った。
「サンジくんはこんな時間からまた試作開始?」
「うーん、なかなかメニューがねー、決まらなくて。」
「試食ならいつでも言ってね♪」
「ありがとう、ナミさん。」
『メニューが』というその男の格好に、ゾロはいまさら気が付いた。
白いコックコートを着ている。
一目見て料理をするものだと知れる出で立ちの男が、なぜ開店前のこの婦人服フロアにいるのだろう。
「ゾロ。」
無言のままコックコートの彼を見続けていたゾロに、ナミが笑った。
「彼は、サンジくんって言ってね。来週オープンのカフェルームの料理長さんよ。」
「なに・・・・・・・・・・・・?」
「ほら、この奥の外の見えるスペース、工事してたでしょ。カフェが入るからって。」
「ああ、そういえば・・・・・」
「工事終わったんだって。で、開店準備に来てるのよ、この前から。」
この婦人服フロアの一角にカフェが入ることになったのは、もちろんゾロも知っている。
ずいぶん前から計画されて工事やらなんやらとバタバタしていたことも。
けれど、そこで働くというこの男にあったのは、今が初めてだった。
「えーと・・・・・・・・よろしくおねがいします?」
なぜか疑問形で言って首をかしげるようにしてゾロを見返して、サンジは手を差し出してくる。
それを無言で握り返しながら、ゾロはキラキラする金色の髪に目を奪われていた。
つづく
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まずは出会いから。
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