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『First impression』
デパートで働く、剣士さんとコックさん。
とりあえずちょこっと始めてみました。
管理人の日々の日記的なものも含めて書いていけたらいいなあ、と思っています。
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『First impression』 *GL Department store シリーズ Vol.1
「来週月曜?」
職場に着くなり、ゾロは同僚の女性スタッフに書類の山を示されて愕然となった。
「そうなの。急で悪いんだけど、今月はもう試合無いんだよね?」
「あ・・・・・・・・・・・・、とりあえず来月までは。」
「じゃあ、お願い。」
にっこりと微笑まれて、ゾロはとにかくうなずいて了承の意を示した。
書類の量は尋常でない感じだが、彼女の言うとおり月の半分を残して今月の残りのゾロのスケジュールは比較的空いていると言える。
それに、試合のたびに長くフロアを離れるゾロの分まで忙しくしている彼女に言われれば、多少の無理をしてでも仕事はこなすべきだろう。
「月曜と言うことは・・・・・。」
「そうね、遅くても水曜くらいまでにはショップ側と打ち合わせしてもらって・・・金曜午前中までに商品が揃えられれば撮影に入れるかな。」
「・・・・・ショップとの打ち合わせもこれから・・・?」
「急、って言ったでしょ。」
お願いね、ともう一度念を押して、ゾロよりも年下の同僚はあわただしく事務所を出て行ってしまった。
老舗百貨店のひとつとして国内外にいくつもの店舗を構えている『グランドライン百貨店』、通称「GLデパート」、それがゾロの勤務先だ。
接客にも販売にも興味の無い学生生活を送っていたゾロがこの百貨店などと言うおよそらしくない会社に勤めているのは、ひとえにこの百貨店が「剣道部」なるものをもうけているからだ。
物心付いたかどうか、というほど幼いころから剣の道を歩き始めていたゾロは、学生生活中はそれこそ数ある剣道のタイトルを総ナメにしてきたほどの剣士だった。
社会人になっても剣道は続けていくつもりでいたゾロの元に、この百貨店のほうからアプローチが合ったのはゾロが大学4年になる春の事で、その春にゾロが出場した大会で圧倒的な強さで優勝した試合を百貨店関係者がたまたま目にした、というのが理由だったらしい。
関係者どころか、それがこの百貨店の経営トップだったらしいのだが、とにかくゾロの剣道に惚れ込んだというその人物が、ゾロがGLデパートに就職してくれるなら、いかなる便宜でも図って今後のゾロの剣の道を支援したい、と伝えてきたのだ。
それまでのゾロは、大学を出たらとりあえずなんでもいいから仕事をしながら今までどおり道場に通おう、くらいにしか人生を考えていなかったので、ほとんど深く考えもせずにこの申し出をありがたく了承した。
そして、このデパートのトップはゾロの入社に合わせて、それまでなかった「剣道部」を新設し(それまでも色々なスポーツ支援には力を入れていたらしいが)、最初の申し出どおりにゾロの大会出場やそれにまつわる遠征などに対してのサポートを続けてくれている。
そしてゾロは仕事をしながら勤務の一環として剣道を続けられるという、社会人としては恵まれた毎日を送っているわけだ。
ただひとつ、入社後に配属された売り場が、ゾロとしては予定外としか言いようのない場所であったことを除けば。
デパートマンとしての道を歩くことになったゾロが配属された売り場、それは『婦人服ブランドフロア』だったのだ。
百貨店のメインのお客様といえば、やはり婦人層である。
とくにGL百貨店のような老舗店にとっては少し年配の富裕層の、とくにご婦人方が一番のお得意さまということになり、自然、女性をターゲットとした売り場が百貨店の趨勢を大きく左右する大切なフロアということになる。
なので、婦人服フロアへの配属というのは出世コースの一つといっていい。
そこに新入社員だというのにいきなり配属され、しかも彼を入社させるために経営トップ自らが「剣道部」とやらまで新設したとあっては、どれだけゾロが「おとなしく」していようと思っていたとしても、目立たないわけがない。
入社直後はそれこそ、やっかみや羨望の視線が周囲の社員から注がれることになっが、それでも優遇されることに甘えることなく仕事はまじめにきちんとこなし、なおかつ剣道の道で会社の知名度も上げ続けるゾロの存在は、今では概ね好意を持って周囲に受け入れられるまでになっていた。
入社して4年。都心から少し離れた地方都市にあるこの店舗での勤務も、そして勤務後に道場に通うというこの生活にも、すっかり慣れたといえるだろう。
もともとこの店舗に配属されたのも、ゾロの所属する道場から一番近いからという理由で便宜を図ってもらえたからなのだが、ゾロとしては生まれ育った環境からそう離れることもなく暮らせるこの職場にいられることを心底ありがたく思っており、剣道の道を究めるのとはまた別の意味で、この職場での勤務にも励もうと心に誓っているのだった。
ただ、あまりにも門外漢なジャンルの「婦人服フロア」はゾロにとって未知の領域過ぎて、4年がたった今になっても毎日が緊張の連続だったりもするのだけれども。
とにかく、月曜までと期限をきられた仕事のどこから手をつけるべきか探るために、ゾロは自分のデスクの上に山と積まれた書類を手に取ることにした。
「あ、ゾロ。今日はいたんだ。」
開店準備中の店内を歩いていたゾロは、通路に並んだショップのスタッフから声をかけられて立ち止まった。
ゾロの働くこの婦人服フロアには数多くの有名婦人服ブランドのショップが並んでいる。
ショップといっても、各ブランドが独立しているわけではなく、それぞれのブランドが区画わけされたスペース内に各々のブランドイメージに合わせたインテリアやディスプレイを展開して商品を展示しているので、訪れた客から見れば、いろいろなブランドの洋服が一同に会してひとつのフロアを形成しているように感じられるだろう。
そして、それぞれのブランドの販売スタッフはGL百貨店の社員ではなく、各ブランドがそれぞれに送り込んできた専門の販売員なのである。
今ゾロに声をかけてきた彼女もこのフロアに入っているブランドの専属販売員のナミだ。
「ああ。大会は昨日までだったからな。」
「勝ったの。」
「ああ。」
「そ。じゃ、また飲まなきゃねー♪」
もう忙しいのに仕方ないわねー、などと笑うナミに、ゾロは眉を寄せる。
「・・・・・・・・・・・・飲む理由にするんじゃねえ。」
「あら、祝ってあげようって言ってるのに。失礼ね。」
む、と大げさに顔をしかめるナミに、ゾロのほうがため息をついた。
ナミは有名海外ブランドのショップ店長を勤めている。
ゾロよりも年下だが、短大を卒業してすぐにこのブランドのスタッフになったとかで、すでにベテランの域だ。
黙っていればモデルも務まるかという容姿の持ち主だが、この気さくで人好きのするキャラクターとで、客のご婦人方はもちろん同フロアの他のショップのスタッフにまで信頼され頼られている存在だった。
ゾロがこのフロアに配属される前からこの店舗にいるので、ゾロが教えられることも多く、そしてなぜか気がつけば周囲公認の「飲み仲間」の一人になっている。
「ま、とにかく飲みにいきましょうよ。明日はウソップが来るのよ、ちょうどいいじゃない。」
「なんだ、打ち合わせか?」
「そうよ。来月のフェアの件でね。」
明後日は店休日だしちょうどいいじゃない、というナミにゾロもうなずいた。
ウソップというのはナミの勤めるブランドの日本本社のスタッフだ。広告とか店のディスプレイだとかを扱う広報部署にいるとかでよくこの店舗にも顔を出していて、気が付けばゾロとも仲良くなっている。
そして、このGL百貨店は全店一斉の定休日が月に2回、隔週水曜日に設けられている。
競合百貨店が定休日を廃止する中、GL百貨店だけは創始者の「休むときはちゃんと休めるように」という意志を守ってこの定休日を続けていた。
なので、休みが不規則になりがちなこの業界にあって、ゾロもナミも、シフトで交代で休みを取るほかに定休日があるおかげで、仲間のスタッフたちと飲みに行ったり遊びに行ったりすることができているのだ。
ゾロとしても、シフトで変動する休みとは別に月に二回とはいえ規則正しい休みが確保されているというのは、剣道を続ける上でも大変恵まれた環境だと、これもこの百貨店に感謝していることのひとつだった。
「じゃあ、あとでウソップにも連絡しとくから。」
「ああ、分かった。」
開店準備に戻ろうとナミのショップから通路へと戻りかけたゾロの視界を、不意に何か光るものが横切った。
「-----------------------?!」
きらり、と光を反射したそれに驚いて顔を向けると、ゾロのいた通路とはエスカレーターホールを挟んだ向こう側の通路を歩く人影が目に入った。
「あ、サンジくん!!」
傍らのナミが大きく声を上げて手を振る。
聞きなれないその名前に驚いているゾロには構わずに、ナミはその人影を手招いた。
「ああ、おはよう、ナミさん。今日は早番?」
エスカレーターホールをぐるりと回って、その人影は二人のほうへと歩いてくる。
開店前のまだ照明の薄暗い店内で、その人物の姿だけがきらきらと光っているのがゾロには不思議なほどだった。
「おはよう、サンジくん。」
「今日のお洋服は新しいね?かわいいなあ、すごく似合ってる。」
にこにこと笑ってナミに話しかけてから、その男は首をかしげるようにしてゾロを見た。
さらりと揺れた髪がまたきらりと光を反射して、ゾロは思わず息を呑む。
「えっと・・・・・・・・・・・・だれ?」
無言のまま立ち尽くしているゾロにではなく、彼はナミへと問いかける。
「このフロアの担当社員のゾロよ。昨日まで遠征だったから、サンジくんとは初対面ね。」
「遠征?・・・・・・・・・・・ああ、剣道部の人がいるとかって言ってたね。」
『この人?』とゾロを指差す自分に向けられた指先を、ゾロは反射的に掴んだ。
「へ・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・人を指差すんじゃねえ。」
「・・・・・・・・・・・・てめぇこそ、人の手に勝手に触ってんじゃねえよ!」
『離しやがれこのクソやろう』と、ぱしりと手を取り返されて、ゾロはそのすばやい動きと口の悪さにちょっとの間あっけに取られて目の前の男を見返した。
ゾロとさして変わらないくらいの長身。体つきはかなり細い。いや、剣道のために鍛えられたゾロと比べたら、というレベルなので、平均的な体つきといえるだろう。
室内競技と思われがちな剣道だが基礎鍛錬は外でも行うのでゾロは意外に日焼けしている。しかしその男の肌はナミやゾロの知る他の女性たちと比べても抜きん出て白いとゾロは思った。
そして一目見て「整った」という言葉が浮かぶようなその容姿。けれど眉がくるりと巻いているのが特徴的で。でもそれもこの男の容姿を引き立てる要因のひとつになっているのが不思議だった。
けれど、何よりもゾロの目を惹き付けたのは。
きらりと光っていたのはこの男の髪だった。
まだ開店前で照度の落ちた店内照明にもキラキラと光る金色の髪。
こんな色の金髪は始めて見る、とゾロは思った。
「サンジくんはこんな時間からまた試作開始?」
「うーん、なかなかメニューがねー、決まらなくて。」
「試食ならいつでも言ってね♪」
「ありがとう、ナミさん。」
『メニューが』というその男の格好に、ゾロはいまさら気が付いた。
白いコックコートを着ている。
一目見て料理をするものだと知れる出で立ちの男が、なぜ開店前のこの婦人服フロアにいるのだろう。
「ゾロ。」
無言のままコックコートの彼を見続けていたゾロに、ナミが笑った。
「彼は、サンジくんって言ってね。来週オープンのカフェルームの料理長さんよ。」
「なに・・・・・・・・・・・・?」
「ほら、この奥の外の見えるスペース、工事してたでしょ。カフェが入るからって。」
「ああ、そういえば・・・・・」
「工事終わったんだって。で、開店準備に来てるのよ、この前から。」
この婦人服フロアの一角にカフェが入ることになったのは、もちろんゾロも知っている。
ずいぶん前から計画されて工事やらなんやらとバタバタしていたことも。
けれど、そこで働くというこの男にあったのは、今が初めてだった。
「えーと・・・・・・・・よろしくおねがいします?」
なぜか疑問形で言って首をかしげるようにしてゾロを見返して、サンジは手を差し出してくる。
それを無言で握り返しながら、ゾロはキラキラする金色の髪に目を奪われていた。
つづく
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まずは出会いから。