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百貨店シリーズ、第2話です。

餌付け開始、みたいな?

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『Many smiles』             *GL Department store シリーズ Vol.2

 

 


 店内に15時を告げる音楽が流れる中、ゾロはフロアの一角にある従業員エリアからようやく開放されて通路へと出てきた。

 このGLデパートには、いわゆる『表』のスペースである「お客様用施設」と、商品のストック置き場や従業員のための休憩室、事務用スペースなどからなる「従業員専用施設」がある。
 ゾロの所属する婦人服フロアの一角にもその『奥』に通じる扉があり、客からはまったく分からない狭いスペースにフロアを管理するゾロたち百貨店社員がさまざまな業務に当たるための事務室が設けられていた。
 今朝出勤してからほとんどの時間を机に座って事務処理に追われていたゾロは、気が付けばすっかり昼食も取り損ねてしまったようだ。
 並んだ机で同じように事務作業をしていた同僚に少し休憩を取ると告げて時計を見たものの、この時間では社員食堂で食べられる食事メニューも限られたものしかないだろう。
 それでも一段楽した書類作業に区切りをつけるため、ようやく机を離れてフロアに出てきたのだ。

 社員食堂でそばでも食べるか。

 そんなことを思いながら、フロアの通路を歩きだす。

 すれ違う来客たちに会釈と共に「いらっしゃいませ」と声をかけながら歩いて階段へと向かうと、ふいにその階段へと通じる角から「ひらり」と金の光がゾロの視界に飛び込んできた。

「-------------!」

 思わずその場に立ち止まってしまったゾロに気が付いて、金髪の彼は「お。」と声を上げて歩み寄ってくる。

「よう。今朝はどうも。」

 気軽に声をかけられても返す言葉が見つからず、ゾロは黙ったまま頷くようにして挨拶をした。

 その鷹揚な態度に、サンジはちょっと眉を上げて顔をしかめる。
 くるりと巻いた変わった形のその眉にゾロは改めて驚いたものの、やはりかける言葉も浮かばないまま無言でサンジを見ていた。
 白いコックコート姿のサンジが、この婦人服フロアでものすごく目立っているのだということに、二人とも気が付いていないのは幸いというべきか。

「・・・・・あんた・・・、ゾロだっけ?」
「・・・・・・・・・・・ああ。」
「なに、デパートで働いてるくせに寡黙なヒト?」

 俺は寡黙だろうか?サンジの言葉に、ゾロはそんな風に考え込んだ。
 たしかにそんなに口数が多いわけではないが、特に無口だと言われたことも自分で思ったこともなかったが。

「あ、でもナミさんとは話してたしなあ。」
 
 今朝のことを思い出したのか、サンジがまたゾロを見つめてくる。
 そして、何かに思い当たったというように、突然ゾロに向かって笑いかけた。

「わかった。人見知りすんだな、お前。」

 人見知り。子供じゃあるまいし何言ってんだ、と言い返したいのに、ゾロの口からは何の言葉も出てこない。
 目の前の男の笑い顔に目を奪われていたせいだと、自覚はないままに、ゾロはサンジの顔を見続けていた。

「ま、そういうやつもいるよな。」

 勝手に納得しながらサンジはふと気が付いたという様子でゾロに話しかけてくる。

「で、どこ行くんだ?仕事中だよな、わりぃ、呼び止めちゃって。」
「・・・・・・・・・・いや、休憩に出るとこだ。」

 ようやく返す言葉をみつけて、ゾロは口を開いた。

「休憩?オヤツの時間かよ。」
「いや、メシ食ってないんだ。時間なくてな。」
「えぇ?今から昼飯?朝から働いてんのに!」

 話し始めれば自然と言葉が続く。
 最初の一言が出てこなかったのは、らしくもなく自分が緊張していたからか、とゾロは他人事のように考える。

「メシって?何食うの?」
「社食行きゃ、蕎麦くらい食べられる。」
「蕎麦?それから?」
「・・・・・・・・・この時間じゃ定食なんかはもう終わってるからな。」
「え、じゃあ、蕎麦だけで済ますつもりか?!」

 何を驚いたというのか、サンジはくるりと巻いた眉を大げさなほどに上下させて『ダメだダメだ』と言い募った。

「そんなバランスの悪い食事でいいわけないだろ!」
「・・・・・・・・・・とりあえず腹が膨れれば・・・」
「ダメだって!」
「・・・・・・・・・・なにが」
「だって、おまえスポーツやってんだろ!じゃあ、食べるのも仕事のうちだろーがっ!」

 そう言われれば返す言葉もなく黙るしかない。
 ゾロは再び口を閉ざしながら、しかし自分の食事事情などになぜここまでこの男がむきになっているのか、と不思議に思っていた。

 すると、何を思ったのか、突然にサンジがゾロを見てにやりと笑みを浮かべた。

「・・・・・・・・・なんだ」
「おまえ、ものすごく運のいいやつだな。感謝しろよ、ここで俺様とすれ違ったことに。」
「・・・・・・・・はぁ?」

 にや、っと笑みを浮かべたまま、サンジはゾロに「付いて来い」というようにくいっと顎でフロアの奥を示した。

「俺は今からランチの試作にちょっと改良を加えようと思ってたところだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「試食させてやる。ありがたく思え?」

 笑いながらそう言うと、サンジはゾロの返事も待たずにフロア奥の新設されたカフェルームへと歩き出した。
 断る理由もないか、と心の中で呟いただけでゾロは黙ったままサンジの後に付いて、今出てきたばかりの婦人服フロアへと足を向けなおしたのだった。


 サンジはひらりと白いコックコートを翻して婦人服フロアを進んでいく。


 -------------------よく笑う男だ。


 今朝からこの男の笑顔をいくつ見ただろうか、などとぼんやり考えながら、ゾロはサンジの後姿を眺めていた。

 

 オープン前のカフェ内には、当然ながら人影はなかった。
 開店準備に来ていると言うようなことをナミが言っていたが、この男以外のスタッフの姿もないようだ。
 サンジに連れられるままカフェに入った後、入り口の戸はきっちりと閉められ、最小限の照明しか付いていないカフェの中は不思議な静けさに包まれていた。
 カフェの扉を開ければすぐそこは客とスタッフの行きかう婦人服フロアなのに、オープン前のこのカフェの中には、そのざわめきはほとんど届いてこなかった。

 婦人服フロアからは基本的に外は見えないが、このカフェはフロアの一番奥に位置していて窓もあるし、広くはないが屋外テラスにも続いている。
 午後の明るい日差しがガラス越しに店内に薄く広がっている。
 ここは一ヶ月前までは美容室が入っていたスペースだったが利用客が減少していたこととオーナーが高齢を理由に手を引きたいと言い出たことから、そのスペースをどう活用するかという会議が開かれ、GLデパートの上層部の誰だかが持つというツテをたどって、人気老舗レストランの2号店がカフェとして開設することになったのだ。
 そのいきさつはゾロも聞かされている。
 が、本店から送り込まれてくるというスタッフに付いてまでは知らされていなかった。

 店内に運び込まれただけでまだ片隅に寄せられたままのテーブルと椅子を取り出すようにとゾロに指示しておいて、サンジはいったん厨房に入っていった。
 その後姿を見送ってから、ゾロは言われたとおりに、カフェの少し真ん中までテーブルを引き出してきた。
 ちょっと考えた末に椅子を二つ、テーブルを挟むように置いて、その片方に腰を下ろした。

 ゾロのいる辺りからは、カウンター越しに厨房が見える。
 客席が見えるようにと造作されたのだろう。

 厨房ではいくつか灯された照明の下、サンジが動くたびにキラリと金の髪が光るのが見える。
 なんとなくその光を目で追っているうちに、サンジが左手に白い皿を、もう片手にフォークとナイフを持って厨房を出てきた。
 トン、と皿とカトラリーがゾロの前に置かれる。

「どうぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・いいのか?」
「なにをいまさら。」

 一応遠慮して「食べていいのか」と聞いたゾロに、サンジはふんっと鼻で笑うような声を上げてから、もう一度「どうぞ」と食べるように促す。
 
「・・・・・・・・・・・・いただきます。」

 きっちりと手を揃えて頭を下げてから、ゾロはテーブルに置かれたフォークを手に取った。

 

                                           つづく

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社食の定食ラストオーダーに間に合わなかったのは、
今日の私自身です・・・・・(笑)

そして、私には試食させてくれる優しいコックさんは現れなかったです(涙)

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